「舞台裏の仲間たち」 38
「順平くん、それって、想像をしていたのは、
ロダンの考える人くらいの大きさですか、もしかしたら・・・」
背後に立った石川さんが、そう言いながら苦笑いをしています。
がそれもつかの間のことで、すぐに真顔に戻った石川さんが順平の耳元へ、
一番聞きたかった質問を切り出します。
「この『女』を見た瞬間から、茜が変わり始めました。
いいえ、正確に言えば、わさび田の老夫婦に一晩お世話になってから、
はっきりと茜の行動に変化が現れてきました。
この作品や安曇野での出来事が、茜に与えた影響とは一体なんでしょう、
僕はそれが一番知りたいのです。
順平くんは、どう思います・・・・」
「女心の話しなら、私に聞いても無駄ですよ。
なにしろ私は、最愛のレイコを、
25年近くもほったらかしにしてしまったくらいですから・・・・
いや失礼、茶化す話ではないですね。
この『女』には、
相反するものがいくつも同居をしていて
そのくせそれが、見事に渾然と一体化をしています。
たぶん碌山自身は、
混乱しきった自己矛盾の中でこれを完成させたのだと思います。
例えば、碌山の黒光への強い思慕は、
どんな時代であれ、到底世間では決して許されないはずの愛でした。
また黒光が置かれていた当時の境遇も、
どうにもならない、複雑に入り組んだものだったと思います。
碌山のひたむきな気持を知っていながらも、
現実には、パン屋を営む経営者の妻という立場であり、
妊娠をしつつも同時に子育て中の母であり、
また主人の浮気に翻弄され蹂躙されていた
哀れともいえる生身の女性です。
碌山はおそらく、そんな彼女のためにだけ、
全ての想いを込めてこの彫刻を作りあげたのだと思います。
発表するための作品ではなく、
黒光のためだけに製作をしたという部分に
『女』と言う作品の持つ、特別で独特な意味が有ります。
相反するものが、
見る角度によって現れてくるのもそのせいだと思います。
なによりも特筆すべきことは、
碌山自身が自分の命までもかけてこれを作りあげたことです。
若き芸術家がまさに苦悩の末に命をかけて作りあげた作品・・・
たぶん、この作品の魅力は、そこに有るのだと思います。
碌山の愛のすべても、この『女』に
凝縮しているのだと思います。
いずれにしても、これは相反するものの塊(かたまり)ですね」
「確かに、この作品を完成させた
その一ヵ月後に、萩原碌山は亡くなっています。
相反するものと言いましたが、
茜が見つけた相反するものとは、一体何でしょう・・・・」
作品名:「舞台裏の仲間たち」 38 作家名:落合順平