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未花月はるかぜ
未花月はるかぜ
novelistID. 43462
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【改】ホワイト・ウェディング

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12月の半ば頃、世間はクリスマスのムードになって、赤と緑の華やかな色が街を彩っている。千代の勤めるパン屋も例外では無く、窓にはクリスマスの豆電球がちかちかとカラフルに点滅をし、輝いていた。
「お疲れ様です。」
 スタッフルームの扉を千代は開け、中に入った。そこには、仕事仲間の進藤さんが先に帰り支度をしている。進藤さんは、千代のお母さんと同世代くらいの年齢だ。
「あっ、千代ちゃん。そういえば、結婚はいつになりそう?」
進藤さんは、千代の姿を見ると荷物を鞄に入れる手を一回止め、千代の方を見ると目を細めて聞いてきた。
「うーん…まだ、決まっていませんが、式は来年のこの時期になると思います。夏頃にはすでに籍は入れて一緒に暮らし始める予定ですが…。」
千代は、微笑んだ。
「いいわねぇ~。」
進藤さんは大切な仕事仲間の嬉しい報告に自分も喜びながら、彼女に自分のカイロを1つ渡した。
「もし良かったら使って。」
「ありがとうございます。」
 千代がカイロを笑顔で受け取るのを確認すると進藤さんは、帰り支度を終わらせ、笑顔で手を振って、先にお店から出て行った。千代も程なくして、身支度を整え、店を後にした。

勤め先のパン屋から出ると外はひんやりとしている。千代は、進藤さんがくれたカイロをペリペリと剥がし、それを手で包み込んだ。そして、空を見た。今日は流星群の日らしい。空は澄み切っていて、星がよく見える。
黄色の毛糸の帽子を被った男の子が元気よく駆けていき、千代にぶつかった。
「ごめんなさい。」
男の子は慌てて謝ると千代の後ろにいた彼の父親に向かって、元気よく走り出した。千代は、そんな親子の様子を懐かしそうに眺め、微笑んだ。
 千代のお父さんが電車事故で亡くなったのは20年前のクリスマス・イヴのことだった。自殺をしようとした女性を助けようと彼は線路に飛び出し、そして、亡くなった。傍には、当時6歳だった千代のクリスマスプレゼントと家族と食べようと買ったクリスマスケーキが無造作に置かれていたらしい。彼は、亡くなるぎりぎりまで、それで家族を喜ばそうと思っていたに違いない。その話を警察から聞くと、千代の母親は泣き崩れた。

千代のお父さんがしたことに対して、周りは賛否両論だった。千代のお父さんを聖者のように過度に褒め称える人もいれば、自己満足な行為だと罵る人もいた。千代のお父さんは、「自殺者を助けようとして死んだ人」の象徴になり、彼自身の人柄は周囲の人間の中から消えて行ってしまった。そして、千代や千代の母親も例外では無く、「自殺者を助けようとして死んだ人の遺族」と言ったイメージが染みつき、徐々に偏見の目で見られた。結果的に、千代のお母さんは居たたまれなくなり、程なくして、千代と二人で千代のおばあちゃんの家に暮らすことにした。

 千代のお母さんは、千代を育て上げるために働かなくてはいかなくなり、彼女は千代をおばあちゃんに預けるために急激に叱るようになった。今まで、千代の成長を待ってから、徐々に教えていこうと決めていたちょっとした礼儀作法など、本当に細やかなことでも、千代の欠点を見つけると彼女は直そうと躍起になった。きっと、千代のお母さんは、彼女の母親に対して申し訳ない気持ちでいっぱいだったのだろう…。大事な旦那を失ったことのショックと新しい環境のプレッシャーで、千代の母親は一杯一杯になっていたに違いない。

「なんでこんなことになってしまったのかな。寂しい…。」
感情的になった彼女はそのまま泣きじゃくることもあった。千代はその度にお母さんを悲しませないようにと一生懸命に頑張った。

 千代の婚約者の悟と千代が出会ったのはバイト先だった。悟は高校卒業した後に1年間全国を周り、1年浪人をし、学費を溜め、大学に行こうとしているところだった。悟は、自分の見聞きした地方の色々な事象を彼女に生き生きと語った。千代は、悟の自分の気持ちに真っ直ぐな生き方に惹かれた。しかし、千代のお母さんは「そんな男性信用できない」と怒ったものだった。千代のお母さんは、千代を立派に育て上げることに苦労していたため、彼の自由奔放な生き方に抵抗感を持たずにはいられなかった。そして、千代に対しても千代のお母さんは裏切られたような気持ちになってしまった。「なんで、こんな子になってしまったの?」と千代のお母さんは千代に泣きついた。千代はその時凄く寂しかった。

「ただいま。」
千代は千代と千代のお母さん二人で住んでいるアパートの玄関のドアを開けた。
「おかえり。」
千代のお母さんは出迎えた。
「外はやっぱり寒いわね。」
千代のお母さんはキッチンに入りながら千代に言った。
千代と千代のお母さんは温かい飲み物を飲みながら会話をし始めた。
「もうパン屋の方には事情を話したの?」
「話してきたよ。進藤さんが自分の娘のように喜んでくれた。」
「そっかぁ。」
千代のお母さんは笑った。千代も笑った。二人には当時の険悪なムードは無くなっていた。
「今日流れ星見られらしいよ。外で大学生っぽい子達がお酒を片手に盛り上がっていたよ。」
千代は、にこにこしながら言った。
 千代と千代のお母さんは二人でコートを着て外にでることにした。近くの公園にベストスポットがある。
「私、千代が仕事で働けなくなった時、実はどうしようかと思ったのよ。」
歩きながら千代のお母さんは千代に言った。

千代は銀行に就職したての頃、千代のおばあちゃんの具合が悪くなり、それに対して何にもできない自分を責め、結局潰れてしまった。働こうと職場に行っても落ち着かなくなり、泣きだしてしまうようになったのだ。千代は間もなくして辞表を出した。千代のお母さんは、そんな千代の弱さに更に絶望をした。千代の母親は、自分の育て方が間違っていたのではないかと言い出すようになって言った。
千代は、自分のどうしようも出来ない感情と苦労してきた母親の期待に添いたい気持ちとの間に揺れ、困惑した。本当の自分を理解して貰えない寂しさは募った。「自分はいる意味がある存在なのか。」千代は、もう何も分からなくなってしまった。ただただ悲しかった。悲しくて、何度も死ぬことも考えたが、お父さんのような犠牲者が出たら申し訳ないと思い踏みとどまった。悟は、そんな千代から離れず、献身的に傍に居てくれた。悟の優しさに触れていく中で、千代は一からもう一度自分のために生きてみようと考えるようになっていった。おばあちゃんの死や再就職が難しかったこと、色々辛いこともあったが一歩ずつ作り直していった。そんな千代の姿を見ていくうちに千代のお母さんの認識も変わっていった。

空の星々はきらきらしていた。公園はすぐそこだった。
千代は、千代のお母さんに自分が羽織っていたケープをそっと掛けた。千代のお母さんは、それに身を包むと微笑んだ。
苦しかったことは沢山あったけれど、千代はお母さんが好きだ。だから、千代は、当時の自分の気持ちを自分のお母さんに一生言わないつもりでいる。

 空に一筋の光が走った。
「あっ、流れ星!」
千代と千代のお母さんは同時に指差した。
「次流れたら何を祈る?」