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雨降ってなんとやら

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「最低」

容赦なく照りつける太陽がジリジリとコンクリートを熱し、道行く人々の水分を枯渇させるような毎年恒例の猛暑も終わり、辺りには秋の気配が漂い始める9月中旬の出来事だった。
夏の冷房器具の代表格である扇風機。しかし近年の猛暑の中では、扇風機一つではうだるような熱気を取り込んで熱風に変換して吐き出す程度の効果しか期待できず、車、カラーテレビに続き、3Cと名高いクーラーにお茶の間の需要はかっさわれてしまう。そんな若干時代遅れが伴う扇風機でも、ここ数日は十分に冷涼な空気を吐き出す立派な冷房器具としての役割を果たすようになった。気温自体が低下したせいだろう。また、夏真っ盛りと主張するような木々を覆う深い緑の葉も、心なしか薄くなってきたような気もするし、夜通し騒ぐ大学生ばりに騒音をまき散らす蝉の鳴き声も確実に減少している。つい先月まで暑い暑いと思っていたのに……一か月という歳月が地味に大きいものだということを改めて実感させられる。

……なんて、過ぎゆく夏を実感することで目の前の現実から目をそらそうとするのも限界なようだ。

初秋をすっ飛ばし、氷を思わせる程に冷たく、底冷えするような雰囲気を鋭く睨む目で、握りしめた拳で、何よりドスの効いた声で表現する少女が目前に一人、四人掛けの木製机を挟んで僕に殺意を向けている。
黒く腰まで伸ばした髪。目の上で切りそろえられた、所謂パッツンと表記される前髪。大きくも小さくもないが、くっきりとした二重瞼。薄い唇に薄い耳。身長は150cm程度で、小柄な体躯。美人というよりは、可愛いと表現したほうが適切だろうか。誰もが振り返るほどの可愛らしさではないが、小動物的な可愛らしさを持つ少女。長い黒髪からどことなく日本人形を思わせる。もっとも今は恐ろしい怪談に出てきそうな。恨みつらみを孕む日本人形のようだけれど。
そんな少女は、僕の彼女だったりする。
大学一年ということで、地元から離れて進学した際に借りた玄関、リビング、トイレ、キッチン、風呂に洗面所にさらに一間と、各部屋、器具は小さくとも生活に必要なものは一通りそろえられたアパートの中で、絶賛修羅場の公開中であった。

午前中に連絡を取り合い、こうして今家に遊びに来ているわけだが、滞在時間役5分ほど。
僕がトイレから戻り、しばらく談笑。
しかし自分のカバンをあさり始めたと思ったら、突然いつも通り和やかだった彼女の様子が急変したのである。

「えーと、とりあえず落ち着こ「うるさい黙れ」

場を和ませるべく発言する僕を遮るように食い気味に再び冷たい刃のような台詞を突き刺す彼女。
僕とて馬鹿ではない。当然彼女が怒っていることは決して回転が早いとは言えない頭でも十二分に理解できる。しかしその怒りの発生源は全く持って思い当らなかった。彼女の態度や言動から僕に何かしらの原因があるのは明白だが、心当たりは皆無である。



困惑気味に視線を彼女から逸らして辺りを見回す。何かヒントはないだろうか。
玄関から入って正面のドアから入るこのリビング。八畳といったところか。フローリングの床に部屋の中央に置かれ、現在僕たちが腰を落ち着かせている木製の家族用の机に対面に2つずつ配置された椅子。窓は入口から向かいの一か所。縦2m、横3mといったところだろうか。近所の家の外壁を移すとともに柔らかい日差しが差し込む。窓の右上に壁に掛けられた午後三時を告げる時計。机の右隣に置かれた棚の上には少し型の古い固定電話に、学校指定のノートパソコン。棚の横には小型ので冷蔵庫に、その上に同じく小型の安っぽい電子レンジ。さらに奥はキッチンへとつながっている。左側には寝室につながるドアと、邪魔にならないように配置された薄型テレビ。白の壁紙の張られた壁。青のカーテン……。特に変哲もない、毎日この家で生活していくうえで毎日目にする器具ばかり。
いっそ何で怒っているのか聞き出したいが、彼女の有無を言わさぬ凍りついた雰囲気に気遅れしてしまう。
そうしている間にも彼女は微動だにせずただただ僕を睨み、怒りの深さを視線で表現し続ける。
これほどのプレッシャーは初めて携帯電話に架空請求のメールが届いた時以来だ。ピンクな内容のサイトにいつの間にか登録したことにされていて、法外な値段を要求するメール。当然代金を払える程の小遣いもなく、しかし当時高校入学したてだった僕は「母さん!エロサイトから請求きたけどどうしよう!」などと言うことにより、プライドがズタズタになることと、家の中での自分の扱いが害虫レベルに成り下がるのを恐れて言い出せずに、1週間程度携帯電話の電源を切って逃避することでプレッシャーから逃れようとしていたのを覚えている。結局後で事情を話し、母、父、妹に大笑いされたが。

再び直接関係のない思考を巡らせて目の前の現実から逃避する僕である。これだから日頃彼女にヘタレヘタレと連呼されるのだろう。
しかしこのまま沈黙を二人の間に漂わせるのは精神的につらいものがある。

「えーと、ごめん、僕、何かしたかな?」
「うっさい死ね。二度死ね」
「悪いけど自殺願望はまだないし、多分二度は物理的に厳しいかな」
「じゃぁ殺す、すぱっと」

状況改善のつもりが死刑宣告受けてしまった。
もし日本人が彼女のような性格だったら日本は犯罪大国になっていたのだろうか。日本人の道徳心に頭の中で感謝するも、今は日本の犯罪事情より身の危険を回避することが大切なのだ。
そこで僕は一つの作戦を決行することにした。たまに地元から遊びにくる妹が置いて行ったのか、それともよく泊りに来る彼女がいつだか買って放置していったのか、自分が買って忘れたのかは分からないが、先ほど玄関のスリッパ置き用の棚に置かれたプリンを発見したのだ。自分事ながら台所事情はいい加減でプリンの出どころがわからないが、賞味期限も問題なくおまけに少し高そうなものだ。
まぁここまで話せば大方想像つくだろうが、作戦は餌付け。ただそれだけである。大抵の女性は甘いものが好き……それは僕の彼女にも当てはまることだが、そんな浅はかな知識でも役に立たないことはないだろう。

相変わらず僕を睨み続ける視線に殺意を感じながら、僕は立ち上がりながら話す。
「そ、そうだ。実はいいものがあってだね!うん、ちょっとまってね」

白々しい演技を交えながら、冷蔵庫に向かい先ほど仕舞い込んだプリンを取り出す。
しかし我ながらこのプリン一つにこの険悪な状況を打破することの出来る効力は無いように思え、自分の行動に多少の後悔を馳せる。

「えーと……ほら、このプリンなんか食べて、落ち着い……て?」

振り向きざまに話す僕の言葉が、目を白黒させる彼女の様子に戸惑う。
なんだ?このプリンはそこまで高価なものなのだろうか。確かに地元のスーパーで見かけるアニメのキャラなんかがパッケージに印刷された三連プリンとは多少の格の違いを感じるが、かといって有名製菓にも見えない。市販品だろう。
思わず思案に耽りかける僕に対し、僕以上に戸惑いを隠しきれていない彼女が問いかける。
「それ……どこに……あった……?」
「え、玄関のスリッパ棚に」
作品名:雨降ってなんとやら 作家名:螺旋