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「既遂・第2章」

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「吸血鬼がいては、取り壊すにも取り壊せないでしょう。それに、人間が住む方が悪いという考え方をしますから。まったく、愚かしい」
「……」
「ああ、すみません。別に私は、吸血鬼が憎いというわけではありません。むしろ、興味の対象だと思っているくらいですので、どうか勘違いなさらないで下さいね」

 それを聞いて、彼の本来の仕事が医者であったことを思い出した。
 ヴァレスは、吸血鬼を魔術で退け、平和と安寧を齎すために戦う人間ではない。吸血鬼に傷つけられた人間を、法術で治療して金をもらう存在なのだと。
 つまり、人間と敵対する吸血鬼がいなくなれば、生活が少しばかり困難になるわけだが、果たして本心はどうなのか。
 吸血鬼の研究を好き好んでやるくらいだ。そのための資金は必要だし、対象となる吸血鬼がいなくなれば、研究の目論見も潰えてしまうだろう。
 否、普段の態度からは考えられないが、実は博愛主義者であり、人間を治療することを至上の喜びとし、その身を賭してでも、従事したいと思っているのか。
 気にはなるが、あまり聞きたくはない。まだ、ヴァレスを完全に信用しきったわけではない。この、水鏡のこともそうだ。
 いろいろと考え事をしている間に、床に散らばっていた本が部屋の四隅へ避けられており、広く開いた空間には白いチョークで描かれた大きな魔方陣があった。その魔方陣は青い光を放ち、その円の中心にいるヴァレスを妖しく照らしている。

 魔方陣は虚空に記した術式と詠唱の言葉により完成するもので、セルビアやヴァレスも魔法を使う際はそうしているはずだった。
 いつもと違うことを不思議に思い、ヴァレスを問い質すと、これは移送方陣という、魔術という分類の中の一種である時空術と呼ばれるものらしい。
 この時空術のひとつである移送方陣は、術者の望む場所まで、瞬時に移送を行う高等魔術なのだそうだ。
「凄い魔術なのは分かったが、別にいつも通りのやり方でやればいいだろ?」
「威力の大きい術を使う場合や、術の効果を齎す対象が複数である場合、記す術式の長さが変わり、宙に書ききれる量と腕が届く範囲に限界があります。例えば、この移送の時空術は、術を発生させるための術式、時間と距離を短縮するための術式、そして、二人分の人間を動かす術式が必要となるため、記す量が膨大になってしまうのです」
「よく分からないが、とりあえず、自分の手の届く範囲には、術式を書ききれないんだな?」
「大雑把に言えば、そうなりますが……また後日、いろいろ教えて差し上げます」
 魔法を使わない自分に、魔法の発動理論は難しい。気になって質問してしまっただけ、時間の無駄だったようだ。
 知っておいて損はないとは思うが、吸血鬼であるがゆえ、自分には魔法は使えない。ならば、教えを請うのも時間の浪費である気もする。
「まあ、使ってみたら分かるでしょう――ところで、昨夜の分だけで、血は足りていますか?」
 あまりにも唐突で、少しどきっとした。それと同時に、昨夜のあの瞬間が、ストロボ写真のように流れては渦巻き、憂鬱さが加速していく。
 思わず、感触を拭い去れない唇を手の甲で擦り、苦々しげに、大丈夫だと呟くと、重い足取りで方陣の中に入ると、ヴァレスの隣に並んで俯いて、小さく溜め息を吐いた。
「ならいいのですが、無理はなさらないで下さいね。私はいつ迫られても構いませんから」
 ヴァレスが意味深な笑みを浮かべると、真っ直ぐ天に翳した左手には、仄かに白い光の粒子が現れ、手の平で杖の形を形成した。魔術の分類のうちのひとつ、錬金術による武器生成だ。
 武器が実体化すると、調子を確かめるように軽く一振りし、方陣の中心にとんと音を立てて見せた。
「さて、少し遅くなりましたが、参りましょうか」
 眼鏡に掛かった邪魔な髪の束を耳に掛けると、青白い光が部屋の中を包み込んだ。
 だんだんとその輝きが激しく増していくと、二人の姿は閃光と化し、医務室からは影も形もなく消えた。
作品名:「既遂・第2章」 作家名:彩風