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おぼろげに輝く

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 俺が住んでいたのは大学がある駅から五駅行った住宅地だった。俺は数年振りにそこに顔を出す事にした。数年経っても、変わった事と言えば酒屋さんだったところがコンビニに変わっているぐらいで、大きく変わる事のない町だ。
「おじゃましまーす」
 不用心にも鍵が開いていたドアを開くと、ひと呼吸あって、どたどたと足音がしたと思ったら、リビングに通じるドアが勢い良く開いた。
「塁にいだ!」
 従妹の小春と千春が揃って驚いたような顔を出した。そこから遅れる事数秒、おばさんとおじさんが順番に出て来て「おかえり」と笑顔で迎えてくれた。
「ただいま。って言っても顔出してすぐ帰るけど。とりあえずお邪魔するね」
 ブーツを脱いでリビングに入る。そこには、俺が小学六年生の頃から育って来た「俺の家」があった。野球で貰ったトロフィーや賞状が、リビングの一角に飾ってある。何も変わらない、俺の家。
「ついこの前、久野君に会って」
 おばさんは台所でお茶の支度をしながら口を開くので「聞いたよ、智樹に」と先んじて言う。
「連絡しないで悪かったね。春にはこっち戻って来てたんだ。今、長居の駅の近くに部屋借りて、フランスの先生と連絡取りながらフリーで仕事してる」
 おじさんは眉根を寄せて「暮らして行けてるのか?」と訊くので俺はソファに腰掛けながらケタケタと笑った。
「これでも仕事らしい仕事貰ってるから、一人で食って行く分には苦労しないよ。大丈夫。いざとなったらおじさんに金の無心でもするからさ」
 おじさんはカラっと笑って「そうしろ」と俺の肩をぽんと叩いた。
 俺は小学六年でここに住む事になった。父ちゃんとおじさんの仲がそれ程良くなかったらしく、親戚同士でも殆ど行き来はしていなかった。だから俺はこの家に全然なじむ事ができなくて、中学に入ってからは家に帰りたくないという理由で部活を始めた。それが野球部だった。
 部活動をしていくには、部費もいるし、道具を買う金も必要になる。遠征には電車賃がかかる。その度に遠慮がちに置き手紙で金をせがむ俺におじさんは言った。
「母ちゃんや父ちゃんに小遣い貰う時もこうやってたのか? 手紙じゃなくて俺に直接言えばいい」
 それから、昔野球をやっていたおじさんとは話をする事も増え、おのずとおばさんとも会話するようになり、小春、千春の双子の世話もするようになった。俺には親がいない。だけど俺に愛情を注いでくれる家族はいる。
 富樫充には、愛情を注いでくれる人間が、曽根ちゃんしかいなかったんだろう。曽根ちゃんは愛情を注いでいるつもりはなくても、富樫からしてみれば、身体を許してくれるイコール愛情を注いでくれている、という等式が成り立っていたのだろう。身体だけの関係、セックスフレンドと言う概念が受け入れられない、良くも悪くもまだ「子供」だと言う事か。まぁ俺だって、身体だけの関係なんて御免被る訳で、ある意味富樫と考え方は共通しているかも知れない。
 そんな事を考えながらコーヒーに手を付けた。俺が好きな、甘くて牛乳がたっぷり入ったカフェオレ。
「久野君や寿君みたいに背が高くなるようにね」
 おばさんはそう言って牛乳を入れてくれるのだが、コーヒーをがぶがぶ飲んでいる時点で身長に関しては諦めざるを得ないだろう。それでもおばさんが俺の親友、智樹と至の名前をきちんと覚えてくれている事が嬉しくて、しょっちゅうカフェオレをおねだりするようになった事を覚えている。
「墓参りには行ったか?」
 急に現実に戻されて「ほぇ?ふん」と謎の返事をしてしまったので改めて「夏に行ったよ」と答えた。同じ県内でもかなり離れた場所にあるから、年に一度しか行かないけれど、父ちゃんが好きだった缶コーヒーと、母ちゃんが好きだった栗まんじゅうを供えに行った。
「そうか。父ちゃんも母ちゃんも喜んでんだろ。塁は気付いたらあっというまに大人になってたな」
「フランスに行くなんて言った時はどうしようかと思ったんだから、おばさん。何かあったらお父さんとお母さんに顔向けできないと思って」
 ふへへ、と首の後ろを掻きながら照れ笑いで誤摩化した。結果オーライ、何事もなくフランスから帰国し、仕事も得た訳だから。千春と小春も隣で笑っている。
「俺、これから智樹の家に行く事になってるから。今度報酬が入ったら高い酒でも持ってまた来るからさ」
 そう言って飲み干したマグカップをカウンターに置き「おばさんごちそうさま」と言うと、皆が立ち上がってお見送り体制に入りそうだったので「いいから、このままさようなら、また来るから」とその場を抑え込んだ。

作品名:おぼろげに輝く 作家名:はち