斬るザきらぁ
昔元木(笑)先生が言っていた。
「なんで、電子機器は充電がなくなると赤いランプがつくと思うか?」
かつてのクラスメートは答えた。
「赤は警告を促す色です」
「違うな」
途中で意見を折られ不満そうな彼に先生はこう告げた。
「赤は、カラータイマーの赤だろ?」
……っと、そんなことはどうでもよくてね。
起動ボタンを受け取る。
「これは?」
「もしどうしようもなくなったら、これ持ってこの辺にまた来い」
「はい?」
「分かったなら退いてくれ。お前の後ろにまだいるしさ」
「居たんかい!」
振り向くとそこにアリの姿はなかった。代わりと言っては難だが真っ赤なスカジャンを着た男が5人ほど。
全員武器を構えていたのだが。
「……はい?」
「早く行けよ。お前も人間のブロック肉は見たくねぇだろ」
そりゃそうだ。
「ほれ、行った行った」
クイっと自分の後ろを指さす『カラス』。
「ここをまっすぐ行けば国道に出る。死にたくなったらまた会おう」
それを遠くに聞き取りながら俺はもう走り出している。意味はよく分からなかったが、取り敢えず逃げたかった。
遠くから、怒号と悲鳴が聞こえてくる。
≪こけら落とし②当日の朝≫
~朝の雀と雷鳥と~
ふと気が付いて目が覚めかけた時、俺はあったくてふわふわな物体が上に乗っていることを僅かに感じた。アレだろうか。朝起きたら正体不明の女の子がいるとかそういうやつだろうか。
なんにせよ確かめるのが一番だ。寝ぼけたまま手を伸ばす。うむ、いい感じの柔らかさともこもこ感を持っているな。これは――。
「みゃあ」
――案の定猫だった。
「おうおう、またお前か」
むくっと起き上がり、ここんとこよく見る灰色の毛に再度手を伸ばした。
「んみゅう」
「お前は暖かそうだな」
辺りを見回すと、まだ朝靄が立ち上っているような空気だ。いくら春になったと言っても未だ4月。
「こういう天気をだなぁ、昔から三寒sグハァッ」
昨日の夕方から出番の多い元木(笑)先生には退場していただく。
ここは寂れた工業都市の中央に位置する自然公園。俺の家であり、庭もである。もう分かったと思うが、俺はそう、17歳にしてホームレスだ。
「んあぁ~よく寝た」
「んみょぅ」
猫をどけてベンチの上に立ち上がり、着込んでいるベンチコート(ボロボロ)を軽くはたく。そして今更になって、
「よう、今頃気付いた?」
後ろに男が居たことに気が付いたのだった。
「んにゃう!?」
「んみゃあ」
どっちが猫の声かはさておき、この男は只者ではないような気がする。割と警戒心の強いはずの俺の感覚をすり抜け、猫からも気付かれないとは。
……そういえばこの猫、鈍臭かった。
「お前さ、昨日カラスに合ったろ。どうだった、あいつ」
「何でそれを?」
――よく見ると、この男の羽織っているダッフルコートにも電子機器の起動ボタンマークをあしらった何かがついている。
「あれ?気付かなかった?あん時、俺お前らの真上にいたんだよ」
よっこらせと男が立ち上がると、ものすんごく背の高いことが分かる。大体185cmはあるんじゃないだろうか。黙っていると、男が手を差し出してくる。
「まあいいや、一応自己紹介しとくよ。俺は影のギルド系グループ『お山の雷鳥』に所属している雪野。雪野 涼(ゆきの りょう)だ。――あー、一応『雷鳥』という名前でも名乗らせてもらってる」
「??」
何のことを言っているのかこの男は。ひょっとして俺より精神年齢が低いのではなかろうか。昔クラスにいたなこんなやつ。自分の事「堕天使」とか言ってたやついたわ。この人はただの痛い子?
「あべしっ!」
「おい、いまお前俺の事痛い子だと思ったろ」
急に走った電撃感に飛び上がり、見下ろすと男――雪野さんが手を掴んでいる。何故?静電気がバチってなったとしても、なぜ掴みっぱなしなのだ?
「もしかして、あなたってホmアバババババババババァ!」
「……もう一発いっとくか?」
「すいませんもう二度と言いませんので今回はお許しください」
やっと手を放す。……なんだか、掴まれていた右腕が未だに痺れているような気がするのだが。
「分かった?どういうことか」
「全く」
「わかんねぇか。俺は『体表周辺の電流操作』ができるんだよ」
「……やっぱりあなたは」
言いかけたところで雪野さんの両手が青く光りバチバチいい出す。おそらく、このクラスの電撃を食らったら確実にヤバい。
「で、なんだって?」
「え、いや、だからあなたは『雷鳥』と呼ばれていると」
「なんだ分かるじゃねーか」
合ってたのが意外だった。そんな単純な名前が通るとは……。
「カラスからは何も聞いてないのか?」
昨日会った若者――『カラス』の事を思い出す。彼はどんな人なのだろうか。
「なんにも」
「そりゃ悪いことしたな。何の予備知識もない相手に堂々と名乗るとは」
「いや別に」
「んじゃあ謝罪の代わりったらアレだが」
こっちを見下ろしてニヤッと笑う。
「俺たちの事、教えてやる。来いよ」
そのまま急に歩き出す。慌てて後を追いかける。
始めて間もないホームレス生活は、大変な幕開けとともに終わった。
~カラスの行水~
最悪の目覚めだ。
朝5時。春だというのに温かな布団から体は追い出され、セメント打ちっぱなしの冷たい床に放り出されていた。
本来主が入るはずの布団には少女が滑り込んでいる。
「……あー、」
(本来の)布団の主はゆっくりと少女へ近づき、
「どけよ」
何を思ったか布団に侵入した。
この光景、警察の皆様が見ればものすごく食いつくような感じである。または東京都の職員皆様方にも大変人気の出るような雰囲気に仕上がっている。ともかく、迷惑防止条例か何かに引っかかることは間違いなかった。
しばらくの間二人は仲良く一緒に寝ていたが
「にゃぁーっ!」
決して仲は良くなかったようだ。少女が追い出される。
「うるせぇ。起こすんじゃねぇよ」
「むー」
黙って時計を差し出す少女。時刻は5時30分を指していた。布団の主である若い男――その別名を『カラス』といった――は舌打ちを一つ残して立ち上がり、部屋を出て行った。
彼の起床時間は早い。
着替えたのちリビングへ向かうと、数少ない彼の友人が一人居た。いつも彼は誰よりも早く起きて、
「今日も早いね、恭也。コーヒー飲むだろ?」
誰よりもうまいコーヒーを淹れてくれている。
「悪ぃなモズ」
『モズ』と呼ばれた男は苦笑して呟く。
「非戦闘時でその名前は、やめてほしいよ」
「生憎だが、手遅れだ」
少し笑い、黙って『モズ』はコーヒーを淹れる。
『カラス』はソファに座り、昨日の晩に遣り掛けで終わってしまっていたナタの手入れに取り掛かる。
「はいよ」
「おう、ありがと」
布団から追い出されて冷え込んだ体に、彼が好む苦みの強いコーヒーが染み渡る。普段はあまり見せない表情がどうしても零れてしまう。
「……美味い」
「はは、そいつはどうも」
彼はコーヒーを飲み干し立ち上がる。少し伸びをして、
「あいつ、起こしてくるわ」
「また君の体から勝手に抜け出したのかい?」
「ああ、おかげで満足に寝れなかった」