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斬るザきらぁ

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こけら落とし



≪こけら落とし①前日の夕方≫

 走る=逃げるという等式が成立する条件は限られる。
 ――例を挙げるなら、後ろからバケモノが迫っている時とか……。

 そうそう、今の俺。

 今俺は、全力で走っている。ひなびた工業都市に立つビル街の狭い路地裏、全速力を以て駆け抜けている――。
 と言うと大変響きがよく聞こえるが、「世間というものは実際にはそんなに甘いものではなかったりするのが面白いところだ」なんというようなことを昔言っていた恩師(笑)、元木先生のことが思い出される。
 それでは訂正しよう。

 絶賛逃走中。

 別に某人気番組ではない。本当に逃げているのだ。

 俺は走りつつ猛烈に懺悔していた。
「神様と言う存在があるとすれば、それは不条理を受け止める大きな存在だ。その信仰対象となる事物が何であれ……」
 こんなところにまで出てくるとは、元木先生が俺に与えた影響は非常に大きかったことが分かる。だがしかし、
「何であれ……利用するに越したことはない(キリッ」
どう足掻いても先生の思いっきりキメた笑顔が瞼に浮かぶ。
先生の持論、利用させていただきます!
「どんな神様でもいいです!今の俺を助けてくれ!お願いしますッ!なんでも捧げます!命以外なら何でも!」
 神頼みという行為がいかに信憑性やその効用に疑問を抱かせるとしても、か弱きヒトという生物はそういったものに頼ってしまうのだ。
 叫ぶ分取り込んだ酸素諸々が肺から抜ける。
「なんでも捧げます!女神さまが望むなら童tっつぐわっはごほうっ!?」
 (色々な意味で)大事な部分を噛む。と言うかむせる。口の中に広がる微かな血の味。中々美味にて候。
「チィッ!」
 呼吸確保のため段差を利用してジャンプする。着地点で前転。前転の勢いを殺さないようにして再加速。
 友人に誘われて「パルクール」なるスポーツをやっていたことが幸いしていたようだ。名前は忘れたが、彼の顔に向かって感謝する。

 ……もっとも、彼は先に辞めてしまったが。

目の前にあったドラム缶を飛び越え、踏み出した足で後ろに蹴り飛ばす。ガンガラ五月蠅く鳴っていたが音が止まる。でもやっぱり追跡者(ただし……ヒトではない)の足音、と言うか気配は止まらない。
「ぬわッ!?」
 頬に若干の痛みを確認――。よかった、とりあえず俺は生きてる。
 とか確認している場合ではない。俺の頬をかすめてやや前方に転がった物体はボロボロに錆びた金属片。つまり、さっきのドラム缶。
「マジかよ……」
 だが振り返らない。別に隠しておきたい過去とかがあるわけではなく、おそらくの話だが振り返ってしまったら死ぬ。ほぼ確実に死ぬ。
 人間の体は極めて単純な構造になっているものだ。一定の恐怖までのレベルであれば人間は迷わず逃走行動をとる。だがそれはあくまでも「一定ラインまでの恐怖」に対する防衛行動であって、そのラインを超えると……。

 人間の体は「一時停止」のコマンドを発動させるものなのだ。

「……っ」
 俺の意志に関係なく足が止まる。目の前には巨大なアリ(推定:2m)がいた。ビビる。そりゃあもう巨大なヤツが狭い路地で俺の反対側に立ちはだかっていたのだから、これは仕方ない。
 とか言っている場合でもなく、足が完璧に固まる前に逃げる必要がある。視界の範囲内に存在する脱出経路を探索するも見つからない。
「こういうのは……確か……」
「絶体絶命、または万事休すと言ったところかな」
 国語の教師であった元木先生には退場してもらう。
「古くは中国の故事に由来し……」
 頭を振って彼の残像を消す。そのまま固まりつつある足を大きく動かし、金属製のレトロなゴミ箱に飛び乗る。
「おい、待てよ」
 まだいたか元木、と思いながらそこから更にジャンプし電柱へと飛び移る。そのまま整備用の足場を使ってよじ登る。
 そういやさっきの声は元木先生っぽくなかったような気が
「ウァオ!」
「待てっつってんだろそこの迷子」
した。……え?

 強風に俺が奇声を上げた直後、突然降ってきた上からの声。

「とっとと降りろ。もう済んだ」
 それはなんだか、心から面倒臭がっているような声であって。

電柱の上に全身黒い服で固めた年の頃18位の若者が立っていた。ややジト目気味のまま見降ろしてくる。
んで、彼は左手に大型のナタを持っていた。――え?
「もう降りろよ」
「は?」
「下を見ろっつってんだよ」
 彼の放つ、今までと変わらない平坦な声に幾らかの苛立ちが混じったように感じた。これは・・・なんだか危ない気配がするので素直に下を見る。

 それで後悔した。

猿も真っ青なスピードで電柱を滑り降り、着地点の足元にあった金属s(ryゴミ箱に顔を突っ込む。んでReverse。
「なんだ迷子、情けねぇな」
 少し強風が吹いた後、いつの間にか傍らに降りていた黒い若者が蔑むような目を向けてくる(彼は終始そんな眼であったのだが)。
 むしろこうならないことが信じられないと思う。先ほど俺が見降ろした地点には巨大なアリの……その、ブロック肉(骨付き)が転がっていてですねぇ。男の方なら分かると思うが、小さいころアリ潰して遊んだでしょ?あれはさしてグロくも何ともないが、あれをウン百倍にも拡大すると、……うん、酷いことになる。
「どうだ、収まったか?」
「……なんとか」
 いまよく見直してみると、彼は奇妙なパーカーを着込んでいる。胸とか右肘の辺りに電子機器の起動ボタンマークがある。
 正直に言うなれば、ダサい。
「今の内だ、もう一回見て慣れておけ」
「んな無茶な」
「命の恩人の命令くらい、聞いておいて損はねぇよ」
 彼の苛立った声と雰囲気に気圧され、素直にブロック肉の方を見る。今度は事前に覚悟ができていたためか大したダメージは無かったが……。
「やっぱグロい……って、これはあんたが倒したのか?」
 睨まれる。
「お前初対面に『あんた』はねぇだろ」
「じゃあなんと」

「『カラス』とでも呼べ」

「カラス?」
 聞き返すと、(まさにカラスの様な)鋭い目線がこちらを射抜く。
「もう聞き返すな。めんどい」
 そのまま奇妙な(ダセェ)パーカーの左ポケットからティッシュを数枚取出し、ナタの刃を拭き始める。
「でさぁ、お前大事なこと忘れてねぇか?」
「え?」
 『カラス』はナタを拭いたティッシュを捨て、ふぅと一息ついて呆れ顔で空を見上げ、――ナタを俺に向けて構えた。
「お礼くらいきちんとしろ」
「ありがとうございました」
 首に僅かな痛み。ナタの刃が触れていた。
「速いな、気持ちが籠ってない」
「それだけでこれ?」
「挨拶は日本人としての基本だ。忘れるな」
 同時に刃が引かれる。
「……つっ」
 少し緩んでいた『カラス』の表情が再び固まる。

「お前、今死にたいか?」

「今なんと?」
「死にてぇかっつってんの」
 そんなことは急に聞かれても困るというものですよ全く。
「急げ」
 『カラス』が急かす。なら答えは一つ。
「もう少し生きてみる」
「分かった」
 そう言って『カラス』はポケットから何かバッジの様なものを取り出した。電子機器の起動ボタンマークが何とも言えないシュールさを醸し出している。
作品名:斬るザきらぁ 作家名:天々