復讐のカルテット 事件編
それはちょうど、水の中にいるような感覚だった。
浮遊感に包まれた私は、胎児のように身を丸めている。地面はなく、どこが上で下かもわからず、ただ私は温かい液体にのなかをただ流されているような気分だった。
ゆっくり手のひらを開くと、ぼんやりと白い指先が五本。その手のひらを軽く閉じて、人差し指だけピンと伸ばすと、右手の拳はピストルの形になる。
私は、武器だ。
弾丸も、刃も、火薬も必要ない。私という存在だけあれば、きっと人を殺すことができるだろう。
ただ指先に力が集まるようにイメージを浮かべる。それだけで、私の指先には白いモヤのようなものが集まりだす。
そのモヤはうずを巻いて、だんだんと大きくうねる。
あとは、目標に向かって人差し指を向けるだけでいい。頭のなかで思い描いた引き金を軽く引くと、BANG!!
今まで人差し指に溜まっていた白いモヤは急速に放たれ、高速で飛んでいく。
きっと、あの白い力に当たったものは、相当の深手を負うはずだ。
力をコントロールすれば、人も殺せることだろう。
目が醒めると、青葉夏生はバスタブの中にいた。
ザーザーと鳴り響く音はシャワーの音だ。40度に設定されたシャワーの温水は、バスタブの湯船に浸かる夏生にひたすら湯水を浴びせ続けている。
――いつの間に寝ていたんだろう。
キュッと音をたててシャワーを止めた。朝シャンのつもりがいつの間にかがっつり寝ていたのだとしたら質が悪い。
――今、何時だろう。
バスタオルで身体を拭きながら時計を確認すると、既に時刻は八時を過ぎている。高校の一限目が始まるのが八時五十分だから、今家を出れば……
――ギリギリ、だ。
冬用の制服に着替えを済ませると、そのまま玄関先まで小走り。靴を履いたところで、ようやくカバンを持っていないことに気がついた。
玄関で後ろを振り返ると、今年から一人暮らしを始めたワンルームが見えた。
女の子らしい部屋、とは程遠い部屋がそこにある。ダークな色をしたカーテンは朝日を遮り、安物のベッドと簡易テーブル、その上には数万円のノートパソコンが一台あるだけ。
テーブルの周りは引っ越した時のまま。ゴミもそのへんに放置しているので、知らない人が見たらきっと目を細めてこう言うだろう。
――掃除、しろよ。
カバンはすぐに見つけた。ベッドの横にこじんまりと置いてあった。
遅刻になるまで時間はあまりなかった。わざわざ靴を脱いでまた部屋まで戻るのは少し面倒だな、と青葉夏生は考え、そして右手をカバンに向けてかざした。
変化はすぐに起きた。カバンがまるで彼女の右手に吸い込まれるようにして飛んできて、彼女はそれを掴み取った。
「いってきます」
誰に言ったのかはわからない。彼女はただ一言そう呟いて、家を出た。
私立高校の常磐の森学園に通うようになって数ヶ月が経った。
青葉夏生は2月生まれで、今は12月16日だった。だから青葉夏生は本来ならば十六歳で、今は高校二年生のはずだったのだが、彼女の肩書きはまだ一年生だ。
それは彼女が高校に進学するまでの一年間、病院で入院をしていたからだ。彼女はいままで交通事故で植物状態に陥っていて、今年の二月、誕生日の前日に目を覚ました。
もともと進学する予定だった常磐の森学園に一年の猶予を経て進学できたのは、学校の取り計らいのおかげだった。常磐の森学園の理事長と二年前まで通っていた中学の校長が知り合いらしく、特例ということで彼女は一年遅れで進学ができたのだ。
今ではもうよく覚えていない。ただ、あの時は常磐の森学園の可愛い制服に惹かれて、進学を希望していたような気がする。
でも、そんな甘酸っぱい青春はもう終わりだ。
今の彼女の志望動機は、復讐。
この学園のどこかに、妹を殺した犯人がいるはずなのだ。
浮遊感に包まれた私は、胎児のように身を丸めている。地面はなく、どこが上で下かもわからず、ただ私は温かい液体にのなかをただ流されているような気分だった。
ゆっくり手のひらを開くと、ぼんやりと白い指先が五本。その手のひらを軽く閉じて、人差し指だけピンと伸ばすと、右手の拳はピストルの形になる。
私は、武器だ。
弾丸も、刃も、火薬も必要ない。私という存在だけあれば、きっと人を殺すことができるだろう。
ただ指先に力が集まるようにイメージを浮かべる。それだけで、私の指先には白いモヤのようなものが集まりだす。
そのモヤはうずを巻いて、だんだんと大きくうねる。
あとは、目標に向かって人差し指を向けるだけでいい。頭のなかで思い描いた引き金を軽く引くと、BANG!!
今まで人差し指に溜まっていた白いモヤは急速に放たれ、高速で飛んでいく。
きっと、あの白い力に当たったものは、相当の深手を負うはずだ。
力をコントロールすれば、人も殺せることだろう。
目が醒めると、青葉夏生はバスタブの中にいた。
ザーザーと鳴り響く音はシャワーの音だ。40度に設定されたシャワーの温水は、バスタブの湯船に浸かる夏生にひたすら湯水を浴びせ続けている。
――いつの間に寝ていたんだろう。
キュッと音をたててシャワーを止めた。朝シャンのつもりがいつの間にかがっつり寝ていたのだとしたら質が悪い。
――今、何時だろう。
バスタオルで身体を拭きながら時計を確認すると、既に時刻は八時を過ぎている。高校の一限目が始まるのが八時五十分だから、今家を出れば……
――ギリギリ、だ。
冬用の制服に着替えを済ませると、そのまま玄関先まで小走り。靴を履いたところで、ようやくカバンを持っていないことに気がついた。
玄関で後ろを振り返ると、今年から一人暮らしを始めたワンルームが見えた。
女の子らしい部屋、とは程遠い部屋がそこにある。ダークな色をしたカーテンは朝日を遮り、安物のベッドと簡易テーブル、その上には数万円のノートパソコンが一台あるだけ。
テーブルの周りは引っ越した時のまま。ゴミもそのへんに放置しているので、知らない人が見たらきっと目を細めてこう言うだろう。
――掃除、しろよ。
カバンはすぐに見つけた。ベッドの横にこじんまりと置いてあった。
遅刻になるまで時間はあまりなかった。わざわざ靴を脱いでまた部屋まで戻るのは少し面倒だな、と青葉夏生は考え、そして右手をカバンに向けてかざした。
変化はすぐに起きた。カバンがまるで彼女の右手に吸い込まれるようにして飛んできて、彼女はそれを掴み取った。
「いってきます」
誰に言ったのかはわからない。彼女はただ一言そう呟いて、家を出た。
私立高校の常磐の森学園に通うようになって数ヶ月が経った。
青葉夏生は2月生まれで、今は12月16日だった。だから青葉夏生は本来ならば十六歳で、今は高校二年生のはずだったのだが、彼女の肩書きはまだ一年生だ。
それは彼女が高校に進学するまでの一年間、病院で入院をしていたからだ。彼女はいままで交通事故で植物状態に陥っていて、今年の二月、誕生日の前日に目を覚ました。
もともと進学する予定だった常磐の森学園に一年の猶予を経て進学できたのは、学校の取り計らいのおかげだった。常磐の森学園の理事長と二年前まで通っていた中学の校長が知り合いらしく、特例ということで彼女は一年遅れで進学ができたのだ。
今ではもうよく覚えていない。ただ、あの時は常磐の森学園の可愛い制服に惹かれて、進学を希望していたような気がする。
でも、そんな甘酸っぱい青春はもう終わりだ。
今の彼女の志望動機は、復讐。
この学園のどこかに、妹を殺した犯人がいるはずなのだ。
作品名:復讐のカルテット 事件編 作家名:カワサキ萌