小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

「舞台裏の仲間たち」 30~31

INDEX|6ページ/6ページ|

前のページ
 


 「さすがだわね、順平。
 いわさきちひろの素晴らしさを
 最初から見抜くなんて、あんたも只者じゃないな。」

 「馬鹿なことを言うな。
 俺なんかとは、はるかに次元が違う。
 こういう人のことを、世間では天才と呼ぶんだろうな。」

 「ちひろは天才ではなく、努力の人だと思う。
 絵が上手で大好きだった少女だったけど、生きて行くために
 一度は書の道を選んだくらいだもの、
 絵本作家としてのデビューは遅くて、たぶん40歳を過ぎたころだったと思う。
 その最後の作品は書きあげたのは、55歳の時で、
 少し、早すぎる生涯だったみたい。」

 「詳しいね、レイコは。
 へぇ~、最初から絵本を書いたというわけでは無かったんだ。
 しかし、このにじみやぼかしを多用した技法は確かに凄い。
 そうか墨絵や書の応用か・・・
 それにしても、これは完成された独自の美の世界だね。
 この、いわさきちひろの世界って。」

 「ほらほら、
 目の色が変わってきた。
 ちひろに興味が湧いてきたんでしょう、
 順平の顔に、ちゃんと書いてある。」

 じゃあ、こうしましょうとレイコが腰を浮かせます。
順平から絵本を取り上げると、頭を持ち上げてそこへ自分の膝を滑り込ませます。
ちょうどレイコに膝枕をされるような形になります。
 
 「あら、いいわねぇ・・・
 石川さん。
 順平君がレイコさんに膝枕なんかされているわ、
 こらこら、運転中のあなたはよそ見なんかしないで頂戴。
 大丈夫、今夜ゆっくりしてあげるから、
 ねぇ、あなた。」

 レイコが苦笑しています。
すこし体制を変えて、前方をむくように身体を入れ替えたレイコが、
順平の顔の前にまた絵本をひろげました。

 「これなら、長い時間でも大丈夫でしょう。
 気のきくお嫁さんに、感謝して頂戴。
 え?巻頭の文章と、巻末の後書きが気になるから先に読ませろ・・・
 順平ったら、少しは人の話を聞いている?。」

 順平はすでに、目も神経も巻頭の文章にクギづけのままです。

 「ベトナムの本を続けてやるのも、
私はあせって、いましなければベトナムの人は、
あの子どもたちはみんないなくなっちゃうんじゃないかと思って・・・。
そうすると一日も早くこの絵を書き上げないと・・・。」
と語ったちひろは、前作の『母さんはおるす』の完成後、
すぐに、この絵本の制作にとりかかっています。

 日本にある米軍基地から、ベトナムの子どもの頭上に
日々爆撃機が飛び立ってゆく現実に心を痛めたちひろは、ベトナムの
子どもたちに思いをはせながら、自らが体験した
第二次世界大戦と重ね合わせて、この絵本を描きあげています。

 絵本の最後に、ちひろはこう記しています。

「戦場にいかなくても、
戦火のなかでこどもたちがどうしているのか、
どうなってしまうのかよくわかるのです。
こどもは、そのあどけないひとみやくちびるやその心までが、
世界じゅうみんなおんなじだからなんです。」

 「レイコ、ちひろは反戦活動家かい?。」

 「ちひろさんは、日本共産党の党員でした。
 旦那さんも同じ党員で弁護士さんにもなった松本善明さん。
 8歳違いのおしどり夫婦です。
 ちなみに、ちひろさんが結婚したのは、31歳のとき。
 私たちもうかうかはできませんねぇ・・・
 ねぇ、順平。」
 
「ちなみにその時、善明さんは23歳だったんだぜ。
 ちひろさんが絵を描いて、弁護士になる善明さんを支えたって書いてある。
 内助の功ってやつかな・・・。」

 「つまんないことだけは良く知っているわね。
 そうなんだけど、でもどこでそんな細かい情報まで仕入れてきたの。
 たいしたものね。」

 「そうでもないぜ、レイコが
 ちひろ美術館用に用意したパンフレットに、ちゃんと書いてあるぜ。
 ほら、おまえのポケットに入っていたぞ、こいつ。
 それにしてもお前、良い匂いがするなぁ。」

 「知らないっ、ば~か。」

 車は信州を目指して、さらに順調に走り続けていきます。

(32)へつづく