「舞台裏の仲間たち」 30~31
運転席から石川さんも、目を輝かせて振り返ります。
「ちひろの絵本美術館ですか!
いいですね。
私もちひろの絵は好きですが、原画を見る機会は今までありませんでした。
印刷された絵本でも、あんなに素敵だと思うくらいですから、
原画は、もっと凄いと思います。
へぇ・・・今回の目玉は、ちひろ美術館か。
運転のし甲斐があります。」
「い・・・石川さんまで。」
「順平君、冗談です。
でも、ちひろは素敵な絵本の作家です。
一見の価値なら充分に有ると思います。
もちろん旅の主眼は、あくまでも碌山と黒光の取材です。
お伴出来る私も、2倍の楽しみが出来ました。
それじゃ皆さん
準備ができたようでしたら、
それぞれの未来の花嫁さんたちを乗せて、
車は一路、信州へと出発をしたいと思います、
よろしいでしょうか・・・」
ゆっくりとスタートした車は、振動を最小限に抑えて走ります。
順平への負担を極力減らそうとしている石川さんの心遣いを
充分に感じさせながら、車が市街地の中へ乗り出していきます。
心地よい揺れに、すこし身体の力をぬき、リラックスした表情を見せる順平に
レイコが、悪戯っぽい目を近づけてきました。
「順平・・・あなたは知らないだろうけど
ちひろは、ただの、そこいらへんの絵本作家なんかじゃないわよ。
まぁ、くどくどと私が説明をするよりも、
一度、そのいわさきちひろを見て頂戴。
ねえ、石川さん、
その先を行ったところに大きな本屋さんがあるはずなの。
申しわけありませんが、
そこで止めていただけますか。」
「あら、レイコちゃん。
景色が見られない順平君のために、
せめて、ちひろの絵本を見せてあげようということかしら・・・
う~ん、さすがに気がきくわねぇ~
やっぱり保母さんは、違う。」
「いいえ、茜さん。
順平は、保育園の幼子たちよりも、はるかに手間暇がかかります。
保育園の子供たちは、私の愛情だけを欲しがりますが、
欲張りな順平は、
いつも私に、キスのおねだりまでするんですから。」
「おい、レイコッ。」
爆笑を乗せた車は、晴天の下、
碌山と、ちひろ美術館が待つ信州に向かってひたすら走り始めます。
石川さんの運転は病人を乗せているために、傍目にもそれとわかるほど、
慎重で静かな運転、そのものです。
作品名:「舞台裏の仲間たち」 30~31 作家名:落合順平