窓の外
窓の外
仕事をする彼の背後に開かないガラス窓がある。ビルの十七階だから窓が開かなくても不思議なことはない。
販売促進課の課長である山村和幸の席は窓を背にする形になっていた。以前は窓の外の風景を眺めたこともあるが、最近はそういうこともなくなった。だからその窓の厚くて丈夫なガラスが、どのような状態になっているかなど、気にもとめないのである。
「山村課長の後ろの窓に、紙でも貼ったほうがいいと思いますよ。上の人があれを見たらやばいんじゃないかと……」
社員食堂での食事中、下山という名の部下の一人が通りすがりに足をとめてそう云った。
「何?紙を貼れ?」
「はい」
下山はどちらかと云うと気が強いほうなのだが、なぜか済まなそうな、遠慮がちな雰囲気だった。
「ガラスが割れてるのか?だとしたら、紙を貼ってもたいして意味がないんじゃないのか」
「私はそうしたほうがいいと思います。無意味ということはないはずです」
下山はそう云うと山村から離れた。彼は足早に、逃げるように食堂の出口へ去った。
そのあと周囲を眺めてみると、山村はいくつかの視線を感じた。それらの視線は、衝突する寸前に消えた。相手が慌てて俯いたり、さっと横へ走らせて逃げるのである。
見られているなと、山村は思った。その事実と、下山が口にした窓の件とが、どうやら無関係ではなさそうな気がした。だが、時計を見ると取引先を訪問するために外出しなければならない時刻が迫っていた。