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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅰ

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「・・・・マティアか」
 木立の中にいたのはマティア。ラオディキアでの同僚の一人だった。正確には一年後輩であるので、あまり親交はなかったが。
「俺達を追ってきたのか」
「その通りです」
 淡々と答えるマティア。確かこの間の事件の時は、フィラデルフィアに行っていて不在だったはず。帰ってきて早々、追跡部隊に入れられたというわけか。
「・・・思ったより速かったな」
「この方のおかげです。マリークレージュで魔女が悪魔を呼び出したという話をしていただきまして」
 それを聞いて、木の陰に隠れていたサニアが顔を覗かせる。
「この人たちから聞いたわ。あんたたち、指名手配犯だったのね!? しかもあの女、悪魔祓い師だなんて言ってたけど、本当は魔女だって話じゃないの。そうやってあたしたちを騙してたんだ!」
 なるほど。サニアが情報源だったというわけか。しかし、サニアの言う悪魔を呼び出した魔女とはメリッサのことだ。リゼのことではない。
「悪魔を呼び出したのは別の人間だ。彼女じゃない」
「誰が悪魔を呼び出したかはどうでもいいことです。我々の任務は魔女の捕縛ですから」
 マティアは話を聞く気がないらしい。仕方なく、アルベルトは剣を構えた。それを見たマティアは、
「抵抗しようなんて考えないほうがよろしいかと。周りには――」
「騎士達が弓矢で狙っているんだろう? 確かに剣一本での抵抗は不可能だ」
 アルベルトは手にした剣をマティアの足元に放り投げた。剣は雨にぬかるんだ地面にべちゃっと音を立てて転がる。それとアルベルトを交互に見、殊勝な心がけですねと呟きながら、マティアは剣に手を伸ばした。
 その瞬間、アルベルトは地を蹴って一気に間合いを詰めた。地面に転がった剣を掴み、立ち上がった勢いですくい上げるように剣を振る。それは、マティアが手にした弓を弾き飛ばし、そして――
 四方八方から放たれた矢が、一斉にアルベルトへ襲い掛かった。



 空気を切り裂く鋭い音がかすかにリゼの耳に届いた。それも一回ではない。ざっと数十発分といったところだろうか。音源は、
「街の外(むこう)でなにかあったんでしょうか」
 ティリーは口調こそのんびりしていたものの、本を閉じ、身の周りの物を片付けつつ立ち上がる。リゼも立ち上がってあたりを見回した。
 ―――無人のはずのマリークレージュに人の気配がする。それも大勢。
「誰か来たわね」
「あら、お客様?」
「そんな平和なものであればいいけど」
 ティリーの冗談にリゼがそう返した時だった。
「そりゃ期待に応えられそうにないな」
 上から声が降ってきた。
 二人は声のしたほうへ目を向けた。すぐ近くにある建物の上だ。そこに、声の主は立っていた。
「よぉ魔女。吹っ飛ばされた恨み、忘れてないぜ」
 十字架をかたどった燭台のような杖を担ぎ立っていたのは、ラオディキアで会ったあの悪魔祓い師だった。吹っ飛ばして燃える小屋に叩き込んだのに、かなり元気そうだ。もっと徹底的に叩きのめしておくべきだったか。
「やっぱり悪魔祓い師というのは暇らしいわね。こんなところをうろつくよりももっと優先すべきことがあると思うけど」
「優先すべきことか。確かに色々あるな。―――魔女を捕まえることとか」
 悪魔祓い師がそう言うやいなや、矢の雨が降り注いだ。四方を包囲した騎士達が矢を射たのだ。避けられる量ではない。実際、リゼも避けようとは考えていなかった。
 空気が震えた。一瞬吹き荒れた強風が大量の矢を弾き飛ばす。矢は乾いた音を立てながら周囲に散乱した。
「こんなことしたって無――」
「ちょっと! いきなりなんなんですの!?」
 突如リゼの台詞を遮ったのはティリーだった。
「出会い頭に矢を浴びせかけるなんて、失礼にもほどがありますわ!」
 人差し指をびしっと突きつけ、大上段に呼ばわるティリー。しかし、悪魔祓い師は怪訝そうな顔をして言った。
「なんだ? おまえ。魔女(そいつ)の仲間か?」
 ティリーはしばし沈黙すると腰に手を当てて一言。
「通りすがりの一般人ですわ」
 おい。
「罪のない市民に襲い掛かるなんて、市民を守るべき騎士、そして悪魔祓い師がすることですの!? そんなの職務怠慢もいいところですわ!」
「知るかよ。ったくうるせえ女だな」
 悪魔祓い師はうっとうしそうにそう言うと、リゼの方へ視線を戻した。
「まあしかし、職務怠慢はよくねえな。という訳で、職務は遂行させてもらう」
 悪魔祓い師が建物から飛び降りた。リゼめがけて杖を真っ直ぐに振り下ろす。リゼは剣で受けとめたが、予想上に強い力に右腕がしびれる。続く一撃を受け流し、今度は風の衝撃波を打ち出した。しかし、悪魔祓い師はそれを後ろに飛んでかわす。
「悪いな。二度同じ手はくわねえよ」
 不適に微笑んで、悪魔祓い師は杖の先をリゼに向けた。放たれる光の衝撃波。それに対抗するべく、リゼは氷霧を放つ。魔術と衝撃波が激突し、白い霧が視界を覆った。そこへ――
「神よ。邪悪なる彼の者に戒めを」
 響く悪魔祓い師の声。続いてリゼの周囲に光の鎖が出現した。それはリゼの身体に纏わりつき、動きを封じようとする。しかし、光の鎖はリゼを拘束してものの数秒もしないうちに、ぱきんっという音を立ててはじけ飛んだ。
「悪いわね。同じ手は二度くらわない」
「そうこなくちゃな」
 術が破られたというのに、悪魔祓い師は悔しさを見せることなくそう言った。
 一方、ティリーは騎士達に囲まれていた。
「その女は魔女となんらかの関係があるに違いない。かまわず捕らえろ!」
「だから通りすがりの一般人だって言ってるじゃありませんの! 人の話はちゃんと聞きなさい!」
 ティリーは抗議したが、騎士達が聞くはずもない。彼らは命令を遂行しようと、ティリーに近寄り――
「話聞きなさいって言ってるでしょう!」
「ぐほおっ!」
 先頭の騎士の顔面に本の角がめり込んだ。さらに、走ってきた別の騎士に容赦ない蹴りが入る。思いがけない反撃に、騎士は為すすべなくひっくり返った。
(・・・助ける必要はなさそうね)
本人曰く『アルヴィアにいる間は人前で魔術を使わないようにしてきた』という話だから、護身術の一つや二つ、使えてもおかしくない。あの分だとまあ、騎士から逃げるくらいはできるだろう。実際、ティリーはきゃあきゃあ言いつつ、しっかり逃げていた。
 ティリーは心配ないとして、問題は。
「悪魔祓い師はあなた一人ってことはないわよね」
悪魔祓い師の攻撃を避けながら、リゼは言った。ラオディキアの教会を脱出する時に悪魔祓い師を何人か(それもすぐ追ってこられないよう容赦なく)叩きのめした覚えがあるが、なにもあれだけということはないだろう。
「どうだろうな」
 悪魔祓い師はそれだけ言うと杖を振った。その途端、杖の先から真っ白い炎が生まれる。
「!?」
 リゼは咄嗟に氷壁を作り出してそれを防いだ。炎と冷気がぶつかって相殺される。
「・・・・白い炎」
 間合いを離しつつリゼは呟いた。一瞬、燃える貧民街の様子がまざまざと思い出された。
「神の白い炎。邪悪なものを焼き尽くすっていう浄化の炎だ。おまえには相当効くはずだぜ」
「あたればね」