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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅰ

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 昼前から降り出した雨は今や豪雨へと変わっていた。まだ昼間中だというのに外は薄暗く、滝のような雨が視界を覆う。目に流れ込む雨水を払い、水浸しの道を走り抜けて、目に付けた廃屋に滑り込んだ。
 水滴が散って埃の積もった床に斑模様を作る。袖で乱暴に顔を拭うと、リゼ・ランフォードは振り返って自分に続いて廃屋に入ってきた人物を見た。
「酷い目に遭ったな」
 服の裾を絞りながらアルベルト・スターレンは言った。見る見るうちに床に小さな水溜りが出来ていく。リゼも同じく濡れ鼠状態だったが、濡れた服を気にする様子もなく、開け放たれた玄関から空模様を窺った。
「この雨ではしばらく動けそうにないわね」
 まさに車軸を流したような激しい雨。一歩でも外へ出たらずぶ濡れ必至だ。さすがのリゼもこの雨の中を強行しようとは思わない。しかも進行方向には川があったから、この雨で氾濫している可能性大である。
(ということは少なくとも雨が止むまでここに釘付けか・・・・)
 止みそうにないどころか、雷光が閃き風は勢いを増していくため、豪雨から嵐へと発展しつつある。天気の回復は諦めて、リゼは大荒れの空から地上へと目を移した。
 二人が雨宿りに選んだのは、廃墟となった街の民家だった。窓の外に立ち並ぶ灰色の家々と丁寧に(といってもかなり壊れているが)敷かれた石畳の跡から、ここが立派な街であったことが窺える。廃墟となってからそれなりに年月がたっているようだ。リゼと同じく外の町並みを観察していたアルベルトは不意に呟いた。
「この街は・・・・おそらくマリークレージュだ」
 マリークレージュは、聖地巡礼にて巡る七つの神聖都市のうち二番目と三番目の都市、フィラデルフィアとサルディスの間にある宿場街であった。間といっても二つの都市を結んだ線上にあるわけではない。もっと北西の方にずれていて、二つの都市とマリークレージュを線で繋ぐと、ちょうど正三角形になる位置にある。
 このような外れた位置にあるにもかかわらずマリークレージュが宿場街として使われたのは、フィラデルフィア―サルディス間に横たわる深い渓谷が、人の往来を妨げていたためだった。故にこの二つの都市を行き来したかったら、渓谷が途切れるマリークレージュの辺りまで迂回する必要がある。当然時間がかかるため、疲れ切った巡礼者達が、余分な金を払ってでも温かい食事と柔らかい寝床を求めるのは必然だった。かくしてマリークレージュは巡礼者が落とす金で大いに栄えたのだった。
しかし栄華は長く続かない。三十年前、渓谷に橋がかけられて、フィラデルフィアとサルディスを最短距離で結ぶ新しい街道が整備されたのである。それにともない、マリークレージュを訪れる巡礼者の数が激減。一時は都市と呼べるほどに発展したにもかかわらず、宿場の他に産業のないマリークレージュはあっという間に衰退した。
「それですっかりゴーストタウンになった、ということ?」
「いや。マリークレージュから人がいなくなったのは、二十年前に起きた地震のせいらしい」
 相当な規模の地震で、マリークレージュは生存者を一人も出すことなく崩壊した。以来、街道から外れたこの町に訪れる人はなく、打ち捨てられ朽ち果てるままになっている――――
「というのが公式の記録なんだが・・・どう見ても地震で滅びたとは思えないな」
 降りしきる雨の中に浮かぶ石造り家々は、長年の風雨で所々崩れてはいるものの、そのほとんどが原形を留めている。二人が雨宿りに選んだこの家も、風化による損壊のほうが大きいように思える。
「住民全員が死んでしまうほど大きな災害があったとは思えない」
「そうだな。だがそれなら何故、記録には地震と書かれているのか・・・・」
 その時、隣の部屋から物音がした。一拍置いてさらに大きな音が響く。
「何・・・・?」
再び物音。無言の話し合いの結果、アルベルトが先行して隣の部屋に入った。
音の発生源は床下にあるようだった。地下倉庫でもあるのだろう。部屋の隅の床にぼろぼろに腐った木戸がある。ぽっかり開いた暗闇から、例の物音が聞こえてきた。いや、これは物音というより何かの声だ。
 倉庫の様子を窺っている間にも、何かの声はどんどん大きくなっていく。ゆっくり歩を進めながらアルベルトは剣の柄に手をかけると、
 ギャァァァ――ッ!
 悲鳴のような鳴き声をあげながら襲い掛かってきた蝙蝠の魔物を一刀両断にした。きれいに真っ二つになった蝙蝠がぽとりと地面に落ちる。一瞬間を置いて飛び出してきたもう一匹も、鮮やかな太刀筋で斬り捨てた。
が、その時、微妙なバランスで成り立っていたと思われる床が急激な重量変化に耐え切れず陥没した。
「キャ――――――ッ!」
崩壊音と一緒に人間のものと思われる悲鳴が聞こえた。続いて巻き上がった粉塵に咳き込む声。落下を免れたアルベルトは崩壊した床の縁に立つと、砂埃舞う穴の底を覗き込んだ。
「まさか天井が崩れるなんて・・・あら?」
 床の穴から埃まみれになって這い出してきた人物は、リゼとアルベルトの姿を目に留めると、灰色の目を二、三度しばたかせた。埃でも入ったのか、今度は目をゴシゴシこする。そうしてその人物――二人と同じくらいの歳の女は立ち上がると、アルベルトの前を素通りして真っ直ぐリゼの元へ向かった。
 粉塵で白っぽくなった栗色の髪を揺らしながら、女はリゼに詰め寄った。初対面にしてはありえない距離感でじろじろとリゼを観察する。
「緋い髪、蒼い瞳。間違いありませんわ・・・」
 その瞬間、女は神業的なスピードでリゼの右手をがしっと掴んだ。そのまま胸元に引き寄せると、両手で包んで握り締める。そして不敵な微笑みを浮かべると、
「ようやく見つけましたわ! 貴女こそがわたくしの救い主ですわ!」
「・・・・・・・・・・・・・・は?」



「あらいやだ。わたくしったら自己紹介を忘れていましたわね。ティリー・ローゼンですわ。貴女のお名前を伺ってもよろしくて?」
 いきなり手を握ってよく分からないことを言ったと思ったら、今度は思い出したように名を名乗る。なんだこいつと思いつつも、女の有無を言わさぬ口調に、リゼは仕方なく口を開いた。
「・・・・リゼ・ランフォードよ」
「良いお名前ですわね。リゼと呼ばせてもらってもよろしいかしら。あ、そちらの貴方も何とおっしゃるの?」
「え? ああ、アルベルト・スターレンだ」
「アルベルト・スターレン、ですわね。貴方も名前で呼んでもよろしくて?」
「別に構わないが・・・」
「ではリゼにアルベルト。今後ともよろしくお願い致しますわ」
今後があるのか。というか目的は一体なんなのだ。
「いきなり出てきてあなた一体何者? 何のつもり?」
「いきなり出てきたのは地下通路を通っていたら天井が崩落したせいですわ。名前ならさっき名乗りましたわよね。そして何のつもりでいるのかというと・・・・」
 ティリーはぐっと握り締めた手に力を込めた。
「わたくしに貴女の能力を研究させて頂けませんか!?」
「研究?」
 突発的な申し出に疑問符しか浮かばない。何と答えるべきなのか考えている間にも、女は一人話を進めていく。