恋をする。
星屑
「いやだって、知らなかったのよ」
会社を早退したのに、渋滞に巻き込まれて、病院の駐車場から走って。
結局早退してもしなくても一緒だった僕を見て彼女の放った一言である。
「いやだって、僕だいぶ心配して」
「いやだって、自分が病気だなんて思わないじゃない」
「いやだって、僕だいぶ走ったし」
「いやだって、私病人だし」
「いやだって」
最後のいやだって、は”いや、だって”ではなく”嫌だって”になった。
僕はなんて単純なんだ。
というか彼女―真奈はこれを読んでいた、絶対。
「だって真奈が病気とか信じられないじゃん普通さ」
「今回は特別なのよ」
「特別って、そこで使う?普通。真奈のセンスにはほとほと呆れるね」
「知らないわよそんなの」
「とにかく僕は嫌だよ」
”真奈と離れ離れになるなんて。”
言わなかった。言えなかった。
真奈の頬に突然涙がすうっと流れた。
「強がるからだよ」
「違うよ」
「真奈は強がりでしょ」
「違うよ」
「そうだよ」
「違うよ」
「僕は1番知ってる」
「うん」
ぽんぽん、と真奈の背中を叩いた。
真奈はやせていた。
何緊急入院なんかしてるんだよ、
ここまで痩せてたんならもっと早く入院しろよ。
意味の分からない怒りが浮かんでは消える。
人はあんまりショックだと思考回路がとまるみたいだ。
真奈が入院すると電話が入った時に1番に考えたことは渋滞のことだった。
陳腐なドラマの悲劇は、多分偽者だと思い知った。
今まで僕はだまされていたというのか。
「何日入院するの」
「わからない」
こんな質問したところで答えは分かりきっているのだ。
それでも質問するのは、現実を受け入れ難いから。
僕の部屋に転がり込んできて一年、真奈が僕の部屋にいない日なんてなかったから。
「真奈の荷物、持ってくる?」
「うん、持ってきて」
「明日でいいよね、何持ってこよう」
「服と下着と本」
「それだけ?」
「どうせ毎日来るんだから足りなくなったら持ってきてもらえばいいじゃない」
「病気になっても人使い荒いね」
「病人だからいいのよ」
そもそも真奈は病人らしくなさすぎる。
結構重病なんだからもうちょっとおとなしくすればいいのに、口だけはずっと動いている。
表情はころころ変わるし、皮肉は言うし。
でもこうしている間にも病魔は巣食っているのだろうか。
「ねえ」
「ん」
「明日から毎日、来てくれるよね?」
「行くよ、今日より遅くなるけど」
「何時になるの?」
「家に帰るのと同じくらいだね」
「遅い」
「遅くないでしょ、7時」
「遅いよ」
「遅くないよ」
「遅い。」
そういって真奈は窓側に顔を背けた。
こいつはすねるとめんどくさい、めんどくさすぎてしばらく放っておきたい。
でも放っておいたらもっと拗ねてもっとめんどくさくなる。
悪循環の無限ループである。
「早く来るよ」
「え」
「4時とか、5時とか」
「4時半にして」
「なにそれ」
「ちょうどいいじゃない」
「いや?僕としては中途半端で嫌なんだけど」
「これだからA型は」
「これだからB型は」
「これだから湊は」
「これだから真奈は」
「これだから彼氏は」
「これだから彼女は」
ふっと笑う。
それが種になり、大爆笑。
しばらく、僕達のブームになりそうだ。
僕達評論家、夏目湊の見解。
「これだからってつけるとちょっと好き度が増すね」
急にこういうことを言うから困る。
好き度が増すね、とか言われたら増すどころか大好きを超えて好きすぎて大嫌いの域である。