恋をする。
時間というのは無情にも流れるもので、
話しているうちにあと2駅で最寄り駅。
右隣はそんなことを気にも留めない様子で話し続ける。
楽しい時間程早く過ぎ去ってしまう、
何度も感じてきたことだが全然慣れない。
「―…で、そのときの舞果がすごくかっこよかったんだ」
「あ、分かる。でもかっこいいって思うのは女性だけかと思ってた」
「そんなことない!…ていうか俺がおかしいのかな…オカマ…?」
「そんなことない…んじゃないかな…!」
「何で笑うのさ、そこ!」
気づいたら敬語も抜けている。
多分途中から私達の会話を聞いている人は友達か何かだと思っているだろう。
それぐらい打ち解けてしまっているのだ。
「でも本当にかっこいい、あの場面の舞果」
「冗談抜きにしてね」
「はいはい」
好きな本が一緒だというだけでこんなに盛り上がれてしまうとは想像もできなかった。
何気に呟いた言葉が彼の耳に届いて、そして彼とつながっている。
彼の絶妙な言い回しとか仕草とかずっといても飽きないと思う。
というより、好きだ。
何だろう、この感覚。
初恋みたいに甘酸っぱいわけでもなく、かといって慣れた感じでもなく。
「恋だよね」
「え?」
「いや、舞果を変えたものって恋だよなあって」
「あ、ああ…そうだよね」
心を見透かされたのかと思い驚いてしまった。
"モノクロカラー"の話だ、と自分に言い聞かせ落ち着く。
でも一回意識してしまったものはどうしようもなくただ私の心に渦巻いている。
「でも俺思うんだよね。舞果の世界はモノクロだけど、俺達は違うんじゃないかって。1番大切なものなんて決めれないもん、俺。そういう人達のために世界はカラフルなのかなあって。大切じゃないものなんてこの世界にはないような気がする。ありきたりだけど自分の嫌いな人は誰かの大切な人だったりするじゃん。ものもそれと同じなんじゃないのって」
すとん、と落ちた。
彼の持論にも、彼にも。
1番大事なものなんて決められない彼に。
もうあと二分程度で分かれてしまう彼に。
その瞬間、急に別れが惜しくなった。
「降りたくないな、私」
「え?」
「電車。もっと話してたい」
「…っ、俺も!もっと話したい、だから」
「今度ゆっくり会いたい!」
彼の言葉を遮ってしまうくらいうれしかった。
私だけかと思っていたのだ、別れが惜しいのは。
違った。彼もだった。
こんなに人に執着するのは初めてだ。
自分からこんなことを切り出すなんて。
前の自分では考えられない。
車掌のアナウンスがチャイムのように聞こえる。
「会おう、絶対」
「うん」
彼は徐にメモを取り出して何かを書き付けた。
「これ俺の名前とアドレスだからいつでもメールして…あ、でもできれば今日がいい。今日」
「分かった、今日するから、今日」
必死につなぎとめておきたいという気持ちが伝わってきた。
なんだか可愛い。
私も同じ気持ちだからか、なおさら伝わってくるのだ。
電車が止まる。
「あ、名前、」
「桜井樹!君は?」
「私、私は」
ぷしゅう、と音がしてドアが開く。
「秋野舞歌」
彼は目を開く。
私は笑って、ホームへ飛んだ。
end.