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短編集 1

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人生で唯一の失態






 俺は、人を殺したことがある。
 殺意が芽生えたことは何度だってあったけれど、たまたまその時はいつも以上に苛ついていて、勢いで母親を殺してしまった。後悔は恐ろしいほどに襲ってきて、気が狂いそうになるほどだった。警察が自分を捕まえる恐怖と、母親という肉親を殺してしまった後悔と、得体の知れないものが自分に近寄ってくるという焦燥感に嘖(サイナ)まれて、夜眠れない日が長く続いた。
 けれど、いつからだろう。それを何とも感じなくなってしまったのは。殺してしまった母親の遺体を隠してから数ヶ月が経つものの、それが発見されることはなかった。元々あまり人付き合いがいい人種ではなかったから、通報する人もいないのだろう。本来すべき自分を除いて。そこから気持ちの余裕が溢れ出してきた。自分が殺人者と通りすがる人ですら知っているのではないかと恐怖する毎日から、人付き合いを避けてきたけれど、全員俺が人殺しだと知っているはずがないのだ。どうして今まで自分はこんな簡単なことを理解できなかったのだろうか。清々しい気分だ、これからもこうして生きていけばいい。
 ある日、俺はインターネットで知り合った男と会うことにした。そいつは俺が母親を殺したことを知っている。信じているかどうかはわからない。会ったそいつは20代前半ほどの華奢な男で、眼鏡を掛けているということもあり、真面目というのが第一印象。無口で素っ気ない性格だったが、なんとなく気が合い、オフ会を申し込んだところ快く承諾してくれた。カフェで適当に話して時間を潰していると、不意にやつは口を開いた。


「前、母親を殺したって言ったよな」


 俺からしたら驚くほど唐突な質問で、返答が一拍遅れた。何故今になってその話題を持ち出してくるのか、理解することができなかった。端的に肯定すると、小さく頷きながら意味深に視線を向ける。観察するような目つきに、ぞわぞわと寒気が背中を走った。突然そんなことを聞いた訳を問い質すと、飄々とした表情で言った。


「あの時は急で話を逸らしたけど、気になっててさ」


 そう答えたそいつの言葉を、すんなりと呑み込んだ。俺は快く話し始める。その時の状況や母親の反応、1年も前のことなのに記憶の中に、鮮明に刻み込まれていた。一通り話し終えると、興味深そうに頷いた。まるで、自分が英雄になったような気分だった。どうせなら、もっと人を殺してやろうかとも考えた。けれど、向かい合わせている男が発した、次の言葉。


「月並みな回答、自分がヒーローにでもなったつもりか」


 俺を貶す言葉だった。
 お前は人を殺すことができないのに、どうして人を殺すことができた俺のことを貶すのだろう。お前ごときにそんな資格があるとでも思っているのだろうか。人を殺すことがどれほど大きいことなのか、わからないほど幼稚でもないはずなのに、どうしてそれが理解できない。どうしようもない苛立ちと、目の前の人間に対する憎悪が膨らみ増してきた。頭の中では何度もこいつを殺す方法が巡り巡るけれど、ここで殺しては刑務所の中へ入らなければいけなくなる。ここは耐えて、人気のない場所へと向かおう。そしてこいつを殺そう。
 言われた言葉を不本意ながらあしらって、ひとまず話を続けた。相手は間抜け、俺の振った話に簡単に食いついてきた。所詮は口だけの男で、恐れる必要などはどこにもない。体格も俺の方が大きい、有利なのは俺の方だ。適度に時間が潰せたところで、勧めることができる店があると言って、細い路地裏へ回る。ここは滅多に人が来ない場所で、人を殺すにはうってつけの場所。こんな細い路地では相手もそうそう逃げ回ることもできない。そう判断しての選択だった。


「ここら辺、店がないように見えるけど」


 店がないように見えるのではなく、店はない。男の首に、俺は手を掛けた。





















 俺は人を殺したことがある。
 ずっと殺したくて堪らない相手で、ようやく果たすことができた。用意周到に策を練って、自分が犯人だとばれないように慎重に事を運んで、それは成功した。思うような達成感もなく、特に何も変わらない毎日が過ぎようとしていた。心のどこかで引っ掛かる罪悪感と、それを振り落とそうとする悪意と、殺したその人に感じていた憎悪。罪悪感が振り落ちてしまったのなら、きっと人であって人ではなくなってしまうのだろうと思う。それだけが恐ろしくて、必死で罪悪感を引き上げながら、俺は他の何かに怯えるでもなく、特に代わり映えのしないとんとん拍子の生活を送っていた。警察が来るなら、それでもいいとさえ思った。
 ある日、暇潰しで始めたインターネットのチャットで知り合った人物が、自分は人を殺したと言い始めた。興味深く感じながらも、どうせ言っていることは出鱈目だろうなという漠然とした評価を持っていた。適当に話を合わせて逸らしてから、ふと思った。
 こいつが言っていることは本当なのかもしれないと。自覚をしているのか、していないのかは別として、人を殺すのが名誉のように語るそいつは、誰かの命を奪ったのがきっかけで命を軽く思っているのだろう。くだらないと思いつつ、人を殺していながらも自分とは違う歩みをしている人の話を聞きたいと純粋に思った。だから、相手から申し込んできたオフ会の話を呑むことにした。
 当日、集合場所に来たのは少し体格のいい、自分より歳が上と見える男。人当たりが良さそうという印象を受けるも、印象だけで人を測ることはできない。チャットでも自分の自慢話を聞かせるような男なのだから。実際、会っても話す内容はチャットの時となんら変わらず、目の前の男の自慢話ばかり。俺はそれを聞き流すだけ。しかし、このまま話を聞いているだけだと俺の聞きたいことを尋ねる時間がなくなってしまう。半ば強引に、以前の人を殺したという話へと転換させた。


「あ、ぁ。そうだったな」


 割と短めの返事。すぐ顔に出るタイプなのか、訝しげな視線を送ってきた。俺はその肯定に小さく頷きながら視線を送る。この男が人を殺すだなんて、だいぶ無理があるのではないかと感じてしまう。確かに腕も体も、平均と比べたらいい方かもしれないが。


「それにしても、どうしたんだ突然」


 そう、冷や汗を流しながら余裕なく聞いてきたから、特に何の理由もないと言うとあっさりと納得して、先程より増して饒舌に話し始めた。立て板に水といった風にすらすらとよく口が回るものだ。そして、1年前と言う割には随分と鮮明に状況を説明できているのは、それほど衝撃的なものだったからだろうか。そして、一通り話し終えたのを聞いて、小さく頷く。とても、退屈な話だった。そう俺が考えているとも知らずに、得意そうな表情をしている。その表情を突き落としてやりたくなり、言った言葉に、男は般若のような表情を浮かべた。笑ってしまいそうになったけれど、さすがにそれはまずいと思い、堪えた。一生懸命笑顔を作ろうとしているのが、目に見える。そして、男は話を逸らし始めた。
 何を考えているのかわからないが、敢えて考えないことにする。どうせ俺を殺すつもりだ。


「そうだ、もうそろそろ場所を移動しないか。いい店を知ってる」

作品名:短編集 1 作家名:海山遊歩