短編集 1
「なんだ?今日だって用事ねぇだろ?」
「否定はしないけど」
このまま歩き続けて、何が見つかるのだろう。この町一番のビルより少し高いくらいの山の上で。
「あ、ちょっと開けたな」
なのに。
どうして俺はここの場所を見たことがあるのだろうか。
そして、この先にあるであろうものの姿が頭に浮かぶのだろうか。
唯一、木々からの遮りを受けず月明かりに照らされている、樹齢何年かすらわからないほど大きな樹の幹。いつ倒れて、それが腐ったのかもわからない。
「すげ…」
そう明良が感嘆を零した後、彼はその少し開けた場所から空を眺めようとした。しかし、その位置からでは、あの大きな幹とその少し離れた場所にある木に邪魔をされて、少ししか見ることができない。
「ん〜…綺麗っちゃ綺麗だけど、もっと見れねーかな…」
「明良、こっち」
懐中電灯で、大きな切り株の穴の中へと促す。
思い出した。
丸く切り取られたように見えた星空の訳も。真っ暗な理由も。
全部、この樹だから見えた景色だったんだ。
「………なるほど…な…これは確かに。執着したくもなる」
暫く沈黙した後、彼はそう言って、魂を抜かれたようにただ空を見上げていた。この景色がどれほど魅力的なのか、よくわかってくれればいい。俺がどうしてこんなにも必死になったのか。
「けど、明良はどうして山を思いついたんだ?」
「小さい頃と今とでは、違うだろ?」
「何が?」
「常識を弁えてるか、そうでないか。小さいと入っちゃダメなんて書かれてても読めないだろうし、んなもん知るか。ってなるけど、中学生とか高校生ってさ…大人への道を歩かなければいけないから、決まりは守らなければいけない。そんな感覚あるだろ?」
「あー…なるほどね」
なんとなく、わかる気がする。
「それにお前暗い山とか嫌いだろ?」
「よくご存知で」
そう、俺は星が見えない暗い場所が嫌い。極端に拒絶反応が起きる。だから、この山も行く機会や勇気がなくて近寄ることがなかった。故に、気付かなかった。
「なんか、この景色教えたくねーなー」
「じゃ、秘密にしよう。見つけたこと」
「いーな、それ。乗る」
「この山開拓されそうになったらしっかり守ってな?」
「おう。そのためにまず、勉強しなくちゃな」
「俺は横でそれを見てるよ」
「お前も重鎮になるんだよ」
「嘘でしょ」
「本気」
そんなまだ見えない未来を想像して、ただ、笑い合う。
こんな時間が一生続けばいいのにと思うくらい、楽しくて。
「じゃあ、約束。俺が父さんの跡を継いで社長になったら、お前は俺の横にいること」
「りょーかい。死ぬ気で勉強しよ」
「それがいい。何に誓う?」
「この星空に」
「乙女チックー」
「うるさい。けど、確実だろ?」
「まーな。じゃあ、誓おう」
たとえ何度も道が別れて、その度に距離が空こうとも、最後にはこの星空の下でまた笑い合えることを…――
「破ったら千回竹篦な」
「ざけんなし。骨が折れる」
「折れねぇ、折れねぇ」
―――祈り、叶えよう。
――――――――――…空が見える樹END(20120730)
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