短編集 1
MerryChristmas
「メリークリスマス!」
そう言って、もみの木の近くにあらかじめ用意してあった椅子に座る、メタボと勘違いしそうなほど図体のでかい赤い服を着て、白い髭をたくわえたじいさん。そんな彼を子供たちはサンタクロースと呼ぶ。愛を込めてサンタさん、と。大人から見れば俺だって子供なんだろうが、俺が言った子供はもちろん、自分より年下のサンタクロースの存在を信じている低学年ほどのこと。純粋で愛らしいと言えばそれで終わってしまうが。純粋が故の愚かさって、あると思わないか。
「さぁ、次は君の番だよ」
そう言ってサンタのじいさんは俺にお菓子が詰まった袋を渡す。菓子は好きなので大人しく貰っておく、美味しいから。美味しいのが、あくまで罪だ。
「…ありがと」
その一言で、このじいさんは笑顔を見せる。サンタなんて、子供を誑(タブラ)かしているようで正直好きじゃないが、物が無償で手に入るところは好きだ。これこそ現金だろう。早速その場から離れて、部屋の隅にある椅子に座る。袋の中に入っていた色とりどりのお菓子を、俺は漁って口に入れる。ゼリービーンズもまとめて口の中に入れる。もっちゃもっちゃと口の中で千切られている。美味しいが、歯にくっつく。
そんなことをしていると、リビングの中央でサンタクロースが立って、その周りに子供たちが輪を作った。不意に音楽が流れて、それに合わせて踊るみんな。混ざりたいとは思わないけど、元気だなぁ、と思う。
「……俊は踊らないの」
「あー、うん。踊らない」
首を横に振れば、口を尖らせている弟。そして、輪の中に入って行った。
「お前らよくそんなくだらねぇことできんな…」
そう呟いて、モミの木の近くに置いてあったプレゼントが入った箱を蹴り飛ばしたのは、下宿所の悪ガキの1人である卓也。その箱の貰い主である小さな女の子は、涙を浮かべながら箱に近寄ろうとするけれど、卓也は笑いながらサッカーボールを蹴る要領で箱を蹴り続ける。
これこそ、くだらないことなんじゃないか。と思うが、面倒なので口には出さない。
「やめて、やめてよ」
名前も忘れたその小さな女の子は、泣きながら卓也にそう請うていた。やめてくれと。しかし、彼は止めることがなかった。
あぁ、酷く面倒だ。
「止めろよ」
「馬鹿なこと言うんじゃねえよ」
「馬鹿なことしてるのはお前だけどな」
溜息つきながらポップコーンを口に入れる。
「ふざけんじゃねえよ、今更口出して来やがって」
「お前がそうやってその子のプレゼントを蹴ってるところ見てたら、プレゼントが貰えなくて拗ねてる子供みたいに見えたもので…つい」
そう言うと眉間に皺を寄せて不快だという感情を露わにした。辺りはこの険悪なムードにはらはらしている様子で、蹴られてぐちゃぐちゃになった箱を抱えて父親の元へ向かう少女の服は、涙で濡れていた。距離が空いていてもわかるほどに。
「つか、小さな子のプレゼント蹴るって…やることが幼稚すぎる。自覚しろよ」
「だったらお前相手しろよ、いちいち姑かよ…うぜぇ」
「嫁いできた嫁なんだ、卓也って」
「ふざけんなよクソが」
「まるまる返してやるよ」
こんな不毛な言い争いしていたところで無駄だと溜息をついて、小さく呟いてからリビングを後にした。あの男のせいで楽しいはずのクリスマスが憂鬱となったものに変わってしまった。あの少女を筆頭にして、他の子供たちには申し訳ないことをしたなと、再度溜息をはいた。
「寝るか…」
そう言ってから布団に潜り込んだ。その後少ししてから、どたばたとうるさい足音が聞こえたから、恐らく隣の部屋に卓也が戻ってきたのだろう。大人にこっぴどく叱られたのか、足音からわかるように気が荒れている。少し古い木造の下宿所だから響く故に、近所迷惑にもなる。
その後、寝静まる頃に、ぎぃと気の軋む音が廊下から聞こえた。ルームメイトは気付いていないようだったけれど、明らかに隣からおかしな音が聞こえた。水や、ゼリーを撒き散らしたようなべちゃっという音。
興味が湧いた。
そっと寝室を抜け出して、隣の部屋を覗いてみた。
「あっ…ぐっ…やめ…」
「やめろって言って…いっああああああああぁ…」
悲痛な声が漏れたのを聞いて、思わずその扉を全開にした。窓は開いていて、白いカーテンが揺れながら中に雪を誘っていて、異質なのは部屋の臭いと色。そして顔を血に濡らして腫れている卓也たち。
「…た、たすけ……俊…」
「……んだよ、これ…うっ」
鼻を劈くようなこの刺激的な鉄の香りと、腐った物の臭い。血と、内蔵だろうか、嘔吐感が込み上げてくる。この部屋の中央に立っているのは、寝る前の夜にリビングにいたサンタクロースのような真っ赤な衣装に身を包んではいなかった。そいつが纏っているのは、黒い服。
「…黒サンタ…」
「It’s sanction to a bad child」
「は…意味わかんね…これも伝承だってのかよ」
目が慣れていく内に相手の顔がよく見えてきた。黒い服の他にも、髭や長い眉毛も黒かった。まるでサンタクロースの分身のように。こんな心臓に悪いサンタクロースを認めたくはないけれど、恐らく卓也たちは彼の持っている袋に殴られていたのだろう。
「You are a good child」
「Please give them to me」
「あぁ、どうぞ」
そう言って自分の足に縋りついている卓也たちを蹴り離そうとする。
「な、んで…助けろよ」
叫ぶように言っている卓也を見て小さく溜息をつく。
「だって、お前がプレゼントをサッカーボール代わりに蹴ったりするからだろ。自業自得だ」
「俺が悪かったって、だから助けてくれよ、二度としないって誓うから」
涙を泣きながら何故か俺に許しを請う卓也を見てから、前に立っているサンタを見る。聞き取ることはできるが、話すことができない。
「こいつら、二度と悪さしないって」
指を差してそう言ったらなんとなく伝わったのか、俯いてから溜息をついたのが聞こえた。引きずるように持っていた真っ赤な色をした大きな袋を肩に担ぐと、窓から帰っていった。一応3階なのだが、わざわざ追って調べるほど興味は湧かなかった。というか、そんな度胸がなかった。
「…あ…あいつ…俺たちの頭に…内蔵とか…ロバの耳…とか……ぶちまけて…」
さっきの音はこの音だったのか。
「あの袋で殴りつけて…きて……」
恐怖のあまり震えて動ける状態ではない。因果は必ずどんな形であれ返ってくるということだった。
この後、卓也やその他大勢の連み仲間は蹴ったプレゼントの貰い主である少女に謝罪を言いに、そして暫くは反省したのか大人しく良い子にしていたが、それはやはりそう続くことはなかった。
俺はあれから個人的に黒サンタのことを調べてみた。それで俺が何より一番気になったのが、何故ドイツ出身のサンタがドイツ語ではなく英語を話していたのかだった。
――――――――――…Merry Christmas END(20111227)
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