心の中の雨の音(詩集)
春の扉
暖かくなって
一斉に花が咲き始めた
緑は勢いを増し若い枝が伸びる
少女は大地に小さな扉を見つけた
しゃがんで開けてみるが何も見えない
大地に口づけをしているように
少女は腹這いになって覗く
扉の見えない母親が汚いと叱る
少年は桜の花に小さな扉を見つけた
そうっと開けてみるが何も見えない
花びらに口づけをしているように
少年は目一杯近づいて覗く
扉の見えない父親は女々しいと嘆く
女はユキヤナギの花に泉を見つけた
若々しさが滾々と湧き出ている泉だ
かつて当たり前に存在したもの
女はそうっと手を差し出してみたが
漏らした吐息で泉は涸れてしまった
男はハクモクレンの花に文字を見つけた
読み取とろうと近づくと文字は消えた
見たことのある文字の癖であったと
男はあるひとの顔を思い浮かべる
もう文字の見えない花びらが揺れた
何かが生まれ 何かが消えてゆく
勢いを増す緑の中で
作品名:心の中の雨の音(詩集) 作家名:伊達梁川