「舞台裏の仲間たち」 27~29
午後の8時を過ぎてから、レイコが病室に
新式のコンパクトカセットのテープレコーダ―を担いでやってきました。
従来のリールタイプ型から見ると、ずいぶんと機械本体が小さくなり
携帯するにも大変便利に見えます。
「どうしたのさ、それ。」
「要るでしょう、もうこれが。
書きたくて仕方ないって、そういう顔をしてるもの。
電器オタクで、女子高の後輩のところから調達をしてきました。
書きたくても、ベッドにくくりつけられたままでは、
文字を書くのは大変でしょう。
気がついたときに、これに録音しておけばいつでも使えるもの、
そうしましょう。
あとでまとめて、私が文章に起こしますから。
これならなんとかなるでしょう。」
「さすがだね、レイコは。
ふうん~、今のテープレコーダーて、そんなに小さくなったんだ。」
■コンパクトカセットは、
オランダの電機メーカーであるフィリップス社が、
フェライトを素に1962年に開発したオーディオ用磁気記録テープ媒体の
規格品です。
一般的には「カセットテープ」、もしくは
「アナログカセット」などと呼ばれました。
レイコが、順平の反応ぶりに少し怪訝な顔をしています。
両手を腰に当てると、大股に順平のベッドに近づいてきました。
「どうしたの・・・
せっかくの贈り物だというのに、
君はあまり嬉しそうな顔をしていませんねぇ、順平君。
何か別のことを企んでいるような素振りが、私には見えるのですが、
気のせいですか、この『貼り付け』君。」
『貼り付け』と言うのは、椎間板ヘルニアの初期治療法として、
ベッドに仰向けに寝かされ、首を固定し、両方の足首に牽引用の重しを
つけて常時、背筋を伸ばして固定されているという、その様子を指して
勝手にレイコが順平につけてしまった「あだ名」です。
「・・・やっぱり、ばれた?。」
「そりゃあ解るわよ。
あなたとつき合えるまでに何年がかかっていると思ってるの、
幼い時からだけでも、15年以上もかかっているのよ。
そのうえ、あなたの放浪のために、また4年も待たされて。
やっと帰ってきたと思ったら、
今度は、お互いが忙しくなってしまったために、
またまた3年余りもそのままで・・・
足かけで、もう24年目になってしまいました。
ねぇ・・・いい加減にしてくれないと、すこし歳を重ねすぎた乙女が
まもなく、おばちゃんになっちゃうわ。」
「いや、そういう話では・・・」
「わかっているわ、それくらい。
で、なんなのさ、その切羽詰まったお願い事と言うのは。」
「別に
それほど切羽詰まったというわけでもないし・・
お願い事と言われても・・・。」
「そお・・・
切羽詰まったお願い事では無い訳ね、解りました。
ならいいけど。
ご用が無いようでしたら、私はもう帰るわね。
明日は一日中忙しいから、たぶん一度も顔を出せないと思います。
でもその分、明後日からはみなさんがやりくりをしてくれたおかげで
久々に2日の連休がとれましたから、ゆっくりと、
看病をしてあげますからね。
それでいいでしょう、
私も楽しみだけど、順平も楽しみにしていて下さい。
じゃ、帰ります。」
くるりと背を向けたレイコが、
ベッドサイドの明かりを消すと、半分だけ開け放たれていたカーテンを
ゆっくりと閉めたあと、本気で、その隙間から「じゃあね」と言って
出ていきます。
作品名:「舞台裏の仲間たち」 27~29 作家名:落合順平