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バールのようなもの
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novelistID. 4983
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宝石の食べ方

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「お母さんは宝石しか食べられなくなりました」
神妙な顔をした母に呼び出されそう告げられたのは、十四歳の冬でした。
 母は冗談を言っている風でも嘘を吐いている風でもなく、ただ事実を淡々と述べているようでした。重い病気に掛かったことを家族に打ち明けるような、そんな声の調子でした。
 あるいは母は「宝石しか食べられない」という病気に掛かったのかもしれません。
 そして私は「母は宝石しか食べられないのだ」としか考えられない病気に掛かりました。母の言葉に一辺の疑問も持たずに「ああ、そうか」と全て丸飲みにしたのです。
 私が小さく頷くと、母は安堵したように小さく息を吐きました。
「だからね、今までより食費がかかるの。ルリには申し訳ないけど、高校は公立を選んで欲しくて……」
「うん、全然いいよ」
私は気を遣ってそう答えたわけではありません。母から何か頼まれるのが嬉しかったのです。


 父が五年前に出奔して以来、母は女手一つで私を育ててきました。
 母子家庭だからと不自由な思いをさせたくない、母はそう考えたのでしょう。
 服やおもちゃなど、女の子が欲しがるようなものは何でも買ってくれました。小学校で仲の良い友達が私立の中学校を受験すると言えば、私に受験を勧めてくれ、塾にも入れてくれました。
 それらに掛かるお金を母は全て一人で稼ぎ、そのために毎日忙しく働いていました。
 忙しい中でも、学校の行事には必ず出席してくれました。
 完璧な女性で、自慢の母親でした。私は母の事が大好きでした。
 それなので、母が私のために自分を犠牲にしていることをずっと申し訳なく思っていました。それが母の生き甲斐になっていると気付いていてもです。

 母が宝石を食べるようになってからしばらくのうちは、今までの生活と特に変わったところはありませんでした。
 元々母と食卓を囲むことは少なく、自分の食事は一人で作って一人で食べていたので、母の食生活の変化は私には影響しなかったのです。
 たまに母は、自分の部屋で食べる前の宝石を見せてくれることがありました。
 中学生の私にはもちろん縁がないものだったので、実物を間近で見るのは初めてでした。
 そのきらめきや深い色を見ていると、古今東西の人間が宝石の虜になるのも分かる気がしました。それと同時に「これは母が食べるのに相応しい食べ物だ」と思えてくるのでした。


 やがて私は地元の公立高校に進学しました。それと共に、それまで15年間住んでいたマンションを引っ越すことになりました。
 それ以降、高校の三年間で四回の引っ越しを行い、私たちは同じ町のなかを転々としながら暮らしました。
 その度に部屋の数は少なく、建物は古くなっていきました。母が食べる宝石が、徐々に高価になっていったためです。
 最後にたどり着いたのが2DKのあのアパートでした。

 その頃には私はアルバイトをするようになっていました。母の収入の大半が食費となってしまったため、学校で必要なお金や小遣いは自分で稼ぐことにしたのです。
 母自身も以前とは大分変わりました。前は同年代の女性よりも若々しく見えた彼女でしたが、今では実際の年齢よりもずっと老けて、やつれて見えました。
 それでも「ねえルリ、見てごらん」と宝石を見せてくれる時だけは表情が明るく、以前の母を思い出しました。


 この話をすると、大抵の人には絶句されたあと、同情されます。虐待だと言われたこともありました。
 けれども私はそうは思えないのです。母が自身の喜びを見つけ、私がその支えになれた三年間と少しの時間は、幸せな日々だったと思います。

 母もきっとそう思ってたはずです。
 自分の部屋の、宝石の山の中から掘り起こされた母の最期の顔は、とても穏やかだったのですから。