叶えたい
意地で探し続けたが、辺りが暗くなってきても見付からなかった。悔しいが、そろそろ帰ろう。そう思って振り返った時だった。
鉄平の後ろに真っ黒のコートを来た男が歩いていた。男の足元を見ると、もう何年も使って履き潰しても尚履いているような革靴だった。
とうとうホープレスを見つけたのだ。
鉄平は喜びのあまりとび跳ねそうになったが、まだこの男がホープレスだと決まった訳ではない。
「あ、あの」
「なんだ」
男の声はかなり低かった。60くらいに見えるが、薄暗いせいか40代にも見えた。
「ホーp……願いを叶えてくれる人がおるって聞いて来たんですけど」
「……そうか。お前も暇だな」
暇? 休みを献上してまで探したのに。
鉄平は少しむっとした。
「あなたがその、願いを叶えてくれるゆう人ですか」
鉄平は口調が少し強くなってしまったと少し後悔した。相手を怒らせてしまったかもしれないと表情を伺ったが、男の表情に変化はなかった。
「……ついてこい」
それだけ言うと男は歩きだした。鉄平は男に続いた。
連れてこられたのはあの公園だった。空は既に男のコートのように真っ黒に染まっていて、公園には人気がない。ちょっと目を離したら男を見失ってしまいそうだった。
「俺は願いを叶えられる」
街灯の下で、男が突然立ち止まって言った。
「どうしてだ?」
男が鉄平に聞いてくる。いつのまにか鉄平の方を向いている。
そんなことを聞かれても、鉄平にわかるはずがない。
「どうして……?」
「俺も願いを叶えて貰ったからだ」
誰にですか? そう聞きたかったが、聞けなかった。
「だが、わかった。人とは利口だ。そして愚かだ」
男の姿は照らされているにも関わらず、闇に紛れてしまいそうだった。
「俺の願いは無駄だった。そんな俺に価値などない」
「そんなことは……」
「そんなことはない、か? そうだな。お前の願いを叶える事くらいなら出来る」
そうだ、目の前の男は願いを叶えてくれるはずだ。だが、ここで鉄平は願い事を決めていない事に気が付いた。
「対価は必要ない。ただお前の願いを言え」
「僕の願いは……」
鉄平は悩んだ。考えた。前はあんなに欲しい物や、したいことがあった。女性関係について悩んだこともある。なのに今考えてみるとどれもくだらない事ばかり、努力すれば手に入るものばかりで、この男に叶えて貰う程の願いでも無いんじゃないかと思った。
「……決めました」
男がさぁ言ってみろと言わんばかりに鉄平を見る。
「あなたの話を聞かせて下さい」
鉄平がそういうと今まで表情を変えなかった男が、驚いて目を見開いた。
がすぐに元に戻る。もしかしたら気のせいだったかも知れないと鉄平は思った。
「……こんな酷い願いは初めてだ」
真っ暗な公園の真ん中で、男はゆっくりと口を開いた。
「で、どうやった? ホープレス見つけたんか?」
鉄平の顔を見た途端に学が五月蝿く聞いてきた。
「出会えへんかった。あ~あ、学のせいで折角の日曜が台無しやったわ」
「まだ残って探すゆうたんは鉄平やん。な~んや。それなら帰って正解やったな」
学には嘘を吐いておいた。
あの事を話しても仕方がないし、もう彼はあそこから出ていってしまったからだ。
鉄平は神様なんて信じない。
でもあの男は、話に聞く神様よりも神様らしかったように思えた。
彼の本当の願いは未だに叶えられてはいない。