焼き芋
なんてそんな歌詞のような寒い空を窓越しに見ながら原稿に書き止めるボクが居る。
先日、古着屋で見つけた褞袍(どてら)を羽織り部屋で仕事をしていた。
ボクの鼻先に温かそうでどこか懐かしい匂いが、キミの傍から漂ってくる。
「あ、まだ熱いよ。ふぅぅぅ」
そう言ってから、急に静かになったキミが気になり、ふと後ろを見た。
キミの手に握られた赤紫のような褐色のものは、焼き芋。
「あれ?焼き芋屋さんなんて来たっけ?」
「来てないよぉ」
「じゃあ、どうしたの?それ」
「えっへっへ。今はショッピングセンターにだって売っているのです」
そういえば、先日、食料品の買い物に出かけたとき、入り口辺りでいい匂いがしていたのを思い出した。
「さっきついでに買ってきた」
「ついで?って何を買いに行ったの?」
「ん……と、えっと……売ってなかった」
「ふーん。美味しそうだね」
「仕方ないなぁ」
キミが、立ち上がってボクの傍に来た。
「じゃあ、匂いだけ」
鼻先にそれを持ってきたが、さほど匂いはしなかった。
その代わり、焼き芋を持っていた手をボクの頬にあてた。
「あったかい?」
「うん、あったかいね」
「そうでしょ。まだ熱々なの。ねえこれ使っていい?」
「いいよ」
ボクは、書き損じた原稿用紙をキミの前にずらした。
焼き芋の真ん中辺りから割ると、匂い交じりの湯気がたったような気がした。
表面のカリカリになった皮を指先で剥いていく。
皮の剥かれた焼き芋は、蜜を塗ったようなほっこりした焼き芋色があらわれた。
キミは、指先についた芋をぺろりと舐めた。
「食べる?」
「そうだね。食べたいな」
ボクは、その芋を手に取ろうと差し出した。
「じゃあ、ふぅぅぅぅ。はい、あーん」
「あーんってねぇ」
「だって、まだ熱いよ。手も汚れちゃう。誰も見てないからさ。はい、あーん」
誰が見ていようと見ていなくても、恥ずかしいんだ。
だが、この匂いと温かさは、誘われるのだ。
「あ、全部食べちゃ駄目だよ」
「あはは。うん、食べないよ」
「はい、美味しい?ほこほこしてるでしょ」
ボクの口に合わせ、キミも口を開けた。ボクのかじったあとを キミが食いついた。
「その満足そうな顔は、炬燵の上の猫みたいだね」
「にゃお。ねえ猫って焼き芋食べるの?」
「さあ?」
結局、その半分のほとんどがボクの胃袋へと消えていった。
キミは、もう半分の焼き芋の皮を爪を立てて剥きはじめた。
きれいに剥けていく皮を見つめる目は、自分の世界に入り込んでいるキミだ。
ボクは、柔らかな温もりを腿の上に感じながら、その様子を眺めていた。
キミが、満面の笑みを浮かべ頬張っている。ボクの存在など忘れているかのように……。
今、ボクは、キミの食べている焼き芋にやきもちを妬いている。
なんてことを思い浮かべながら、原稿に書き止めるボクが居る。
焼き芋色のさつま芋。
ただそれだけなのに……。
― 了 ―