ふわりの姫
「されど、人を思うその心に偽りはございません」
藤馬の言葉を聞く斎も笑みをおさめる。
「こたびの一件にて、妹の心根は斎さまもお知りになられたはず。妹は斎さまに危険が迫ると思い込み、わが身を省みずに空を駆けて斎さまのもとまで参りました。斎さまこそ望月家を危うくする者と思わされながらも、その命が奪われることは見過ごせない娘にございます」
藤馬は真剣な顔をあげた。
「そのようなやさしい心の妹を砥上家の本城に出して、あれはあやかしの娘よと国中から非難されることは我慢がなりませぬ。斎さま、曲げてお願い申し上げます。この望月城より出す妹は、なにとぞ斎さまのもとにお止め下さいませ」
「……兄上……」
綺はつぶやいた。
斎はじっと藤馬を見つめている。
綺はその顔を振り仰ぐ。一見冷たい瞳の奥に、彼の心を見つけようとする。
「――藤馬」
「は!」
「いいだろう。妹を取られたお返しだ、おまえの妹はおれがもらっていく」
斎は真面目くさって綺に向き直る。
「そなたも異存はないな、綺。そなたの城は、もはや望月城ではない。おれの城だ」
綺はまじまじと斎を見つめた。斎の声が何度か頭の中に繰り返され、それからやっと事情が呑み込めた。
自分は斎のもとへゆく。
ふわりの姫と認めてくれる人。
気味悪がることなく面白いと言い、月の宮の天女のようだと言ってくれる人。
これまでも、これからも、きっと望月家の兄妹に微笑みかけてくれる人のもとへ。
「――ははははははいっ!!」
綺はぴんと体を強ばらせて返事をした。
あまりの綺のぎこちなさに、斎が笑い、藤馬は片膝をついたまま深いため息をつき、露がさらに袂で口もとを隠す。
「……このような妹を斎さまに押しつけるのも、いささか心苦しいのですが」
額を押さえて藤馬が言った。
「あ、兄上!」
「許してやれ、綺」
斎の目が微笑んで綺を見た。
「藤馬と露がこうして企んでくれたからこそ、おれは綺を知った。感謝こそすれ、なじる気にはなれんな。綺は違うのか」
「――」
綺は真っ赤になって言葉を失った。
また、皆が笑った。
《了》