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ゾンビ・ウォーク

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「ただいま」
俺はマンションのドアを開けると、玄関で靴を脱ぎ、疲れ切った脚を引きずって廊下を歩いた。まるで脚が鉛の塊にでもなったようだった。俺が廊下の突き当たりのドアを開けると、そこのリビングでは妻がソファに座って、一心にスマホをいじっていた。
「あら、お帰りなさい。ずいぶん遅かったわね。どこまで行って来たの。」
妻はスマホを睨んだまま言った。俺は面倒になり、適当に答えた。
「中学校の方まで。」
俺がそう言うと、妻は俺をちらりと見た。
「なんか、ずいぶん疲れてない?」
「ああ、いつもより多めに歩いたんで、疲れたよ。」
俺はそう言うと、ソファの妻の隣にどさりと腰を落とした。
「ねえ、ちょっとおもしろそうなアプリを見つけたわよ。今度、散歩に使ってみたら。」
妻のその言葉に、俺はどきりとして聞き返した。
「えっ? それ、なんていうアプリ?」
「ゾンビ・ウォークっていうのよ。散歩やジョギングを面白くしてくれるアプリだって。」
俺の体が凍りついた。妻はそんな俺に気付かずに続ける。
「マップにゾンビが現れて、襲ってくるのを避けながら目的地を目指すんだって。ゾンビはどんどん増えて来るのよ。」
妻のスマホから、あのおなじみの音が鳴った。
「またゾンビが増えたわ。今、試しにアプリを立ち上げてるの。」
俺はあわてて妻のスマホの画面を覗き込んだ。今二人がいるマンションのリビングの南側には、いくつもの赤い影が蠢いている。そして、反対の北側にも赤い影が一つ現れていた。
俺はリビングの南側、つまりベランダがある方を凝視した。カーテンを透かして、ベランダでいくつもの人影がふらふらと歩き回っているのが見えた。俺はさらにリビングの反対側、つまり、ついさっき俺が玄関からリビングまで通って来た廊下に出るドアを振り返った。ドアのガラスに鉛色の顔を押し当てて、何者かがリビングの中を窺っていた。
俺はソファから転げ落ちそうになって、あわてて立ち上がった。すると、再びあの音が鳴った。
「あら、今度はこのリビングの中だわ。いやね。」
妻の言葉に、俺はリビングの中を見回した。どこにもゾンビはいない。ふと、リビングボードが視界に入った。リビングボードのガラスに、一匹のゾンビが映っていた。ゾンビは、ナイキのニットキャップを被っていた。
俺は妻に、すぐにスマホのバッテリを抜くように言おうとした。しかし、俺の口からは言葉が出なかった。俺の口から出て来たのは、低い唸り声だけだった。愕然とした俺は、自分の両手を見つめた。鉛色になった両手は、ミイラのようにかさかさで、爪が半分剥がれ落ちていた。
「あなた・・・いったいどうしたの、その顔・・・」
俺は顔を上げて、声がした方を見た。そこには、美味そうな肉があった。妙に腹が減っていた。食べたいという欲求が腹の底から湧き上がって来るのを抑えられない。口から涎があふれ出す。
俺は、その新鮮で美味そうな肉の塊に向かって、足を踏み出した。いつの間にか、足の痛みはきれいさっぱり消えていた。


作品名:ゾンビ・ウォーク 作家名:sirius2014