テポドンの危機1、続
テポドンの危機1、続き
3月7日 玉砕
マイクロフォンやイヤフォンはことごとく取り外されていた。かろうじて首のプロテクターだけが、頼みの綱で、首に残っていた。上着とシャツがはだけて上半身が露わになっていた。
「ひどい格好だ。こんな様子を硝さんに見られたくない…」
「私は平気よ…」
そう言う、硝も白いジーンズの上のブラウスが破れかけている。二人ともとてもよい身だしなみとは言えなかった。
「マイクもイヤフォンも外された。これでは、外部と連絡が取れない。」
洋平は内心、かなり動揺し始めていた。敵陣に入ったとたん、ドタン、バタン、はい、お終しまい、では、お話にならない。しかし、現実は限りなくそれに近いものだった。
「せっかく君を助けに来たのにこの様じゃ、情けない…」
「私に、いい考えがあるわ。」
「え。本当!?硝さん!」
「…待って…その前に洋平に、聞きたいことがあるの…」
「え、何?硝さん。こんなときに…」
「…洋平…私のこと、好きか…?」
突然の硝の言葉に、洋平は、一瞬戸惑った。しかし。彼は自分の本心を言わざるを得なかった。意を決したように、洋平は少しうつむき加減で言い始めた。
「…好きだ。君のことが好きだった。始めから。最初にエレベーターで会ったとき、そして、バスの中で君の横に座った時、控え室に居る時も、ずっと君のことがすきだった。」
自分でも信じられないほど、雄弁になっていた。こんな非常な事態で、頭が変になったのかと思われた。しかし、時に人間は極限状態になったとき、すべてが取り払われて、本当の気持ち現れるかも知れなかった。そして、洋平の彼女に対する気持ちは本当だった。
「でも、僕には妻もいる。そして、君にも御主人がいらっしゃる。」
「有難う、洋平。私もあなたのこと好きだったよ。」
「…まだ終わったわけじゃないよ、硝さん。」
洋平が後ろ手のまま、硝を振り向いてそう言うと、
「でも、私たちの命、わからない。この人たち怖いよ、本当に…」
確かに硝の言うとおりだった。こうして囚われの身になった今、自分たちが無事帰れるという保障はない。考えて見れば無鉄砲だった。洋平の心に妻の顔が思い出された。そして平和で楽しい日々、沖縄の旅、青い海、首の怪我…妻に申し訳ないという気持ちと、確かに初めから来るべきではなかったか、という思いが交錯した。しかし、それにも増して、今は彼女を救い出そうという思いが一瞬でも、勝ったのだった。
「あんた、後悔してるか…?」
そんな心の動きを察した様に、硝が尋ねた。
「…後悔なんかしていない。」
洋平がかろうじてそう言うと。
「そうか…やっぱり、後悔してるか。でも、洋平、大丈夫。私が絶対にあんたを無事に帰してあげるから。」
硝はそう言うと、洋平の所に近付いた。そして後ろ向きになると彼の手に、何かを手渡した。それは、銀色に光る、小銃だった。
「!硝さん!何でこんなもの!?」
大いに驚く洋平だったが…
「しっ、聞こえるよ。洋平!」
それを制しながら、
「…実は、私、いや、私たち始めからわかっていた…」
「え、ええ!分っていたって、今度のこの拉致のことを、硝さん知っていたって言うの!?」
「しい、聞こえるよ…実は私、韓国から送られてきた…」
「ええ、硝さん…ス、スパイなの!」
え、えええ!!
心の底から驚きを隠せない洋平だった。
強行突破
「…いや、スパイなんかじゃないよ。私、ちゃんとした通訳。でも来る前に、言われたの、気をつけるように、って。そしていざとなればこれを使えって。」
「誰だい、一体。硝さんにそんなことを仕向けるやつは…」
「私にもわからない。でも今はそれどころではないわ。ここから何とか抜け出す方法を考えなければ。」
確かに、硝の言うとおりだった。そしてそれは今の洋平たちにとって、とても薄い可能性に思われた。
「この人たち、爆薬も持っているわ。」
硝が部屋の隅の暗いに、黒い影のようになっている箱を指差して言った。
「いざとなれば、全員もろとも心中か…」
洋平が力無げに、そう言った。
クライマックス 強行突破 二十攻撃、白い建物、空港
二人の話を聞きつけて、男が近付いた。
「。。。。。。。。。。。。」
「何て、言っているの、こいつは…?」
洋平が聞いた。
「話があるから、こっちに来いって」
「!話って、誰とするのだい…」
「わからないわ。でも、とにかく一緒に来い、そう言っているわ。」
男はいかつい顔で、その場に立ち尽くしていた。
「わかった、硝さんも、一緒に来てくれ。通訳して欲しいんだ。」
「わかったわ、私も行くわ。」
「。。。。。。」
男は、何か一言、二言硝と言葉を交わした様だが、洋平にその意味は分からなかった。
二人は、男に連れられて、高官室と呼ばれる小部屋の中へと入っていった。
「あ、動き出しました。警部補、洋平さんが動き出したようです!」
たばこの煙が立ち込める、特捜室のコンピューター画面の前で、若手警察官の一人が叫んだ。あわてて、上原と三沢もその大きな体を揺すりながら、画面のところに駆け寄った。
「すっかり音信が途絶えたので、何かあったかと思ったが、どうやら無事の様だ…」
上原が、苦々しい顔と、安堵を露にしながら三沢に言った。
「しかし、無線やヘッドフォーンなどは外されているようです。こちらからの連絡が届きません!」
若い警察官が言った。
「どうやら、やつらに捕まったようだな…」
三沢がしぶしぶそう言うと、
「でも首のプロテクターだけは外されずに済んだらしい。あそこに超小型発信機をつけておいて、正解だった。」
洋平自身、その発信機の存在は知らない。まるで、捕らえられた犬のように、小さな電波を発しながら、右往、左往して、部屋の中に入っていく洋平だった。
「どうします、警部補。」
三沢が聞いた。
「うむ、総理官邸とは連絡が取れていますか?それと、警官隊の警備体制もさらに強化してください。後は、相手の出方と、総理の決断を待つしかない….」
臨戦態勢の整った、ホテルの周辺地域だった。さすがに事態の異常さに気付いた、宿泊客たちは、そわそわとし始めた。メヂアの連中も次々と駆けつけ、辺りの様子を報道し始めた…
総理官邸では鯉積総理大臣が、さすがに今日ばかりは大好きな歌舞伎観戦も断念し、自らの執務室に高官たちを呼びつけていた。
物腰は穏やかだが、彼の言葉は決して妥協を許さぬ気迫に満ちていた。
「それで、どうなっているのですか、防衛大臣」
「今、特殊部隊サッツの本部長が現場で指揮を取っています。しかし、北の連中はどうやら妥協をしない様子です。」
体格が良く、赤ら顔の防衛長官東が、首を少し横に傾けながら言った。
「妥協しないって、連中はアメリカへ亡命を望んでいるのだろう。しかもわれわれにその手配するようにと。それで、キム総書記は何て言っているのだ。」
「はい。もしも、彼らが亡命したら….」
東は、次の言葉を少しためらいながらも、赤い顔さらに硬直させて言った。
「…日本を、攻撃すると…」
「…!?」
鯉は一瞬言葉を失いかけたが、持ち前の強靭な意思と独断とも言える決断力で、言った。
3月7日 玉砕
マイクロフォンやイヤフォンはことごとく取り外されていた。かろうじて首のプロテクターだけが、頼みの綱で、首に残っていた。上着とシャツがはだけて上半身が露わになっていた。
「ひどい格好だ。こんな様子を硝さんに見られたくない…」
「私は平気よ…」
そう言う、硝も白いジーンズの上のブラウスが破れかけている。二人ともとてもよい身だしなみとは言えなかった。
「マイクもイヤフォンも外された。これでは、外部と連絡が取れない。」
洋平は内心、かなり動揺し始めていた。敵陣に入ったとたん、ドタン、バタン、はい、お終しまい、では、お話にならない。しかし、現実は限りなくそれに近いものだった。
「せっかく君を助けに来たのにこの様じゃ、情けない…」
「私に、いい考えがあるわ。」
「え。本当!?硝さん!」
「…待って…その前に洋平に、聞きたいことがあるの…」
「え、何?硝さん。こんなときに…」
「…洋平…私のこと、好きか…?」
突然の硝の言葉に、洋平は、一瞬戸惑った。しかし。彼は自分の本心を言わざるを得なかった。意を決したように、洋平は少しうつむき加減で言い始めた。
「…好きだ。君のことが好きだった。始めから。最初にエレベーターで会ったとき、そして、バスの中で君の横に座った時、控え室に居る時も、ずっと君のことがすきだった。」
自分でも信じられないほど、雄弁になっていた。こんな非常な事態で、頭が変になったのかと思われた。しかし、時に人間は極限状態になったとき、すべてが取り払われて、本当の気持ち現れるかも知れなかった。そして、洋平の彼女に対する気持ちは本当だった。
「でも、僕には妻もいる。そして、君にも御主人がいらっしゃる。」
「有難う、洋平。私もあなたのこと好きだったよ。」
「…まだ終わったわけじゃないよ、硝さん。」
洋平が後ろ手のまま、硝を振り向いてそう言うと、
「でも、私たちの命、わからない。この人たち怖いよ、本当に…」
確かに硝の言うとおりだった。こうして囚われの身になった今、自分たちが無事帰れるという保障はない。考えて見れば無鉄砲だった。洋平の心に妻の顔が思い出された。そして平和で楽しい日々、沖縄の旅、青い海、首の怪我…妻に申し訳ないという気持ちと、確かに初めから来るべきではなかったか、という思いが交錯した。しかし、それにも増して、今は彼女を救い出そうという思いが一瞬でも、勝ったのだった。
「あんた、後悔してるか…?」
そんな心の動きを察した様に、硝が尋ねた。
「…後悔なんかしていない。」
洋平がかろうじてそう言うと。
「そうか…やっぱり、後悔してるか。でも、洋平、大丈夫。私が絶対にあんたを無事に帰してあげるから。」
硝はそう言うと、洋平の所に近付いた。そして後ろ向きになると彼の手に、何かを手渡した。それは、銀色に光る、小銃だった。
「!硝さん!何でこんなもの!?」
大いに驚く洋平だったが…
「しっ、聞こえるよ。洋平!」
それを制しながら、
「…実は、私、いや、私たち始めからわかっていた…」
「え、ええ!分っていたって、今度のこの拉致のことを、硝さん知っていたって言うの!?」
「しい、聞こえるよ…実は私、韓国から送られてきた…」
「ええ、硝さん…ス、スパイなの!」
え、えええ!!
心の底から驚きを隠せない洋平だった。
強行突破
「…いや、スパイなんかじゃないよ。私、ちゃんとした通訳。でも来る前に、言われたの、気をつけるように、って。そしていざとなればこれを使えって。」
「誰だい、一体。硝さんにそんなことを仕向けるやつは…」
「私にもわからない。でも今はそれどころではないわ。ここから何とか抜け出す方法を考えなければ。」
確かに、硝の言うとおりだった。そしてそれは今の洋平たちにとって、とても薄い可能性に思われた。
「この人たち、爆薬も持っているわ。」
硝が部屋の隅の暗いに、黒い影のようになっている箱を指差して言った。
「いざとなれば、全員もろとも心中か…」
洋平が力無げに、そう言った。
クライマックス 強行突破 二十攻撃、白い建物、空港
二人の話を聞きつけて、男が近付いた。
「。。。。。。。。。。。。」
「何て、言っているの、こいつは…?」
洋平が聞いた。
「話があるから、こっちに来いって」
「!話って、誰とするのだい…」
「わからないわ。でも、とにかく一緒に来い、そう言っているわ。」
男はいかつい顔で、その場に立ち尽くしていた。
「わかった、硝さんも、一緒に来てくれ。通訳して欲しいんだ。」
「わかったわ、私も行くわ。」
「。。。。。。」
男は、何か一言、二言硝と言葉を交わした様だが、洋平にその意味は分からなかった。
二人は、男に連れられて、高官室と呼ばれる小部屋の中へと入っていった。
「あ、動き出しました。警部補、洋平さんが動き出したようです!」
たばこの煙が立ち込める、特捜室のコンピューター画面の前で、若手警察官の一人が叫んだ。あわてて、上原と三沢もその大きな体を揺すりながら、画面のところに駆け寄った。
「すっかり音信が途絶えたので、何かあったかと思ったが、どうやら無事の様だ…」
上原が、苦々しい顔と、安堵を露にしながら三沢に言った。
「しかし、無線やヘッドフォーンなどは外されているようです。こちらからの連絡が届きません!」
若い警察官が言った。
「どうやら、やつらに捕まったようだな…」
三沢がしぶしぶそう言うと、
「でも首のプロテクターだけは外されずに済んだらしい。あそこに超小型発信機をつけておいて、正解だった。」
洋平自身、その発信機の存在は知らない。まるで、捕らえられた犬のように、小さな電波を発しながら、右往、左往して、部屋の中に入っていく洋平だった。
「どうします、警部補。」
三沢が聞いた。
「うむ、総理官邸とは連絡が取れていますか?それと、警官隊の警備体制もさらに強化してください。後は、相手の出方と、総理の決断を待つしかない….」
臨戦態勢の整った、ホテルの周辺地域だった。さすがに事態の異常さに気付いた、宿泊客たちは、そわそわとし始めた。メヂアの連中も次々と駆けつけ、辺りの様子を報道し始めた…
総理官邸では鯉積総理大臣が、さすがに今日ばかりは大好きな歌舞伎観戦も断念し、自らの執務室に高官たちを呼びつけていた。
物腰は穏やかだが、彼の言葉は決して妥協を許さぬ気迫に満ちていた。
「それで、どうなっているのですか、防衛大臣」
「今、特殊部隊サッツの本部長が現場で指揮を取っています。しかし、北の連中はどうやら妥協をしない様子です。」
体格が良く、赤ら顔の防衛長官東が、首を少し横に傾けながら言った。
「妥協しないって、連中はアメリカへ亡命を望んでいるのだろう。しかもわれわれにその手配するようにと。それで、キム総書記は何て言っているのだ。」
「はい。もしも、彼らが亡命したら….」
東は、次の言葉を少しためらいながらも、赤い顔さらに硬直させて言った。
「…日本を、攻撃すると…」
「…!?」
鯉は一瞬言葉を失いかけたが、持ち前の強靭な意思と独断とも言える決断力で、言った。
作品名:テポドンの危機1、続 作家名:Yo Kimura