無実の男
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西の空は明日の朝まで逢えない太陽の燃えカスでいっぱいだった。焼けつくようなオレンジ、雲もない。明日も一日中快晴の様だ。
私は、警視庁内の喫煙ルームで、ガラス越しに明日の天気を考えていた。
背後からひと組の足音がする。
「黒河先輩、調書が出来ました。」
どうやら鈴原の様だ。
「遠野美樹の浮気相手、喜島日出雄殺害の容疑で、佐倉剛輔氏を刑事告訴する書類もできました。」
私は何も応えない。ただ煙草を無意味にふかすだけだ。
「先輩の言うとおりでした。被害者の遠野美樹は、佐倉剛輔に殺害されたのでは無かったんです。彼女は浮気相手の喜島日出雄に殺害されたんですね。
いつものように同棲相手と喧嘩し部屋を飛び出した佐倉剛輔。そしてその後、浮気相手を部屋に呼び込む遠野美樹、そして自分が本命ではなく浮気の相手であると言う事を知ってしまい殺人事件を犯してしまった喜島日出雄。この三人が引き起こした悲劇だったんですね。恐らく十月十九日の午後九時から十一時の間に聞こえた203号室の物音は遠野氏と喜島氏二名による争いであり、そのときに遠野美樹は殺害されてしまった。殺害した張本人の喜島は、気が動転し、蘇生活動もせずに自分の身の回りのもの、証拠品、指紋などを処理する。佐倉氏はこの間、N **駅付近のバー『アラビク』でお酒を飲んでいた。喜島氏が全ての証拠の除去が終わり203号室を出た。しかしそこを帰ってきた佐倉氏に見つかる。その後、二人は口論になる。佐倉氏はお酒も入っており、力加減が上手くいかず喜島氏を殺害してしまった。今度は佐倉氏が喜島氏の死体の処理を行うはめになった。自分と喜島氏が出会った証拠を消し、死体を川に捨てる。先ほど鑑識から報告がありましたが、黒河警部が見つけたS**川の河川敷でビニール袋に包まっていた変死体は歯型の照合から喜島日出雄本人であると確認できました。その後、正気に戻った佐倉氏は、酔っていたとは言え自分のしてしまったことに対し、自責の念でいっぱいになり、部屋に戻ること無く警察に発見される、と言う事です。
これで佐倉剛輔が取り調べでアリバイを『言えない』と答え続けた理由も解りましたね。だって言えるはずがありませんものね。十九日の午後十一時までのアリバイは言えても、それ以降のアリバイは無い、何故なら人を殺していたから。自分の最愛の人を殺していないと証明するには、自分が誰かを殺したことを認めなくてはいけなかったんですから。言えるはずもありません。流石先輩ですね。
………。どうして先輩は、黒河警部はこんな解答に辿りつけたんですか。」
私は答えない。答えようとも思えない。
何しろ、その答えは明白だからだ。
―――そう。最後の最後に彼を、佐倉剛輔を疑ってしまったのだから。
『佐倉剛輔は人殺しをするような人間じゃない。』
『うん、私は信じているよ。』
その言葉に嘘偽りなど無かったはずだ。
無かったはずなのに、どうして彼を疑ってしまったのだろうか。
どうして彼が人を殺したのではないか、と考えてしまったのだろうか。
『彼が人を殺した』と信じていれば、今回の解答には辿りつけなかっただろう。
逆を言えば、彼を信じなかったからこそ、今回の事件を無事解決できたのだ。
そう、私は最初から佐倉剛輔を疑っていた。
そう言う事になる。
だからこそあの時、声が聞こえたのだろう。
『―――最初から解っていたくせに』
あれは本当は解答に辿りついているくせに、それを無意識のうちに否定していた、自分から自分への揶揄だったのだろう。
私は「ごくろうさま」とだけ応えた。
鈴原も、それ以上言及してくることも無く、持ってきた書類をテーブルの上に乗せると、無言で一礼し、そして去って行った。
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あぁ、煙草はまずい。
肺に、頭に、身体全体に鉛が蓄積していくようだ。
あぁ、もうすぐ陽が沈む。
またやって来る。
寡黙で、優しい闇が――――――