整然なる葬儀
籠った所から外へでる。突き抜けるような青空で、そよふく緑風が心地好い。それらの環境は悲愁ある僕の心に、射し入ろうとする。それに僕は必死に抗う。心は、僕の身体に、堅く完全な悲しいふりを要求してくる。僕は要求に従う。そうして僕は完全なる心で、葬儀会場に戻る。
僕は親族の控室で、淡い記憶を必死に鮮明にしていた。出会った頃の妻や、初めて二人で出掛けた街の事。お互いに自分の傷を告白し笑い合った事。10年前のあの時に、僕達は出会った。あの頃の妻はいつも笑っていたような気がする。当時、駆け出しの劇団員だった僕は使えるお金も少なく、妻の笑顔で日々を暮らしていた。どんな時でも優しく笑いに変えてくれた。辛い時ほど、よく笑っていた。僕の酷い時期を本当に支えてくれた。僕は妻の為に、整然なる葬儀に挑まなければならない。
館内放送が流れた。スピーカを見るとその横にカメラがある。希望によって、葬儀を色々な角度で見せるためだろうか。僕はカメラを横目で、適度に捉え、精一杯の嘘泣きをした。僕はもう泣き疲れている。息子の為にも整然なる葬儀を行わないといけない。僕は役に入る。そうして幕は上がっていく。
「今日の葬儀の宗派はAです。皆さんお間違えのないように。」抑揚の無い、業務連絡が聞こえてきた。
目を腫らして僕は葬儀の開始を、控室で息子と二人で待っていた。今春、幼稚園に入園した息子が、絵本を手に持って僕を不思議そうな顔で僕を見つめている。まだ、状況を分かってない息子をみて、父として不憫に思う。その一方で無邪気な頃だから良かったかもしれない。また涙が出てきた。
また、僕は泣いた。泣いた。噎び泣く。嗚咽。噎び泣く。涙が枯れそうになると、思い出を涙の缶に詰め込んだ。そうして噎ぶ。泣く。悲哀に満ちる。こんな感情に囚われるならばと、他の試しを考える。笑顔で日常を送る家族を思う。周囲を見る。時計が目に飛び込んでくる。針が無情に進んでいる。帰れない時間に気付き、僕はまた激しく泣く。
戸惑った表情で、息子が僕を慰めてくれた。小さな体を使って、大きく僕を抱きしめてくれた。
「お父さん、泣かないで。」
息子に慰められている自分。弾力のある柔らかな手が僕を、客観的にさせてくれた。息子が頭を撫でつけながら微笑んでいた。母親が君の機嫌を取っていた方法を真似しているんだね。
「ありがとう。おかげで父さん大丈夫だよ。」
僕は堅実に、いる必要がある。
息子の為。来てくれた人の為。また妻の為。難しい仕事に取り掛かる前、僕は一人で居たくなる。
腫れぼったい目尻を下げ、口元を緩め僕は微笑んだ
「お父さん、来てくれた友達の前で話さないと行けないんだ。その手紙を書くから、外にでも行って遊んでおいで。」
元気な嬉しそうな顔で、僕を見上げていた。
「お父さん、元気になったよ。」
息子はそれを聞くと、喜んで立ちあがった。そして興奮した様子で声をだした。
「次はお母さんを元気にしてくる。」
僕の堅実になろうとしていた心は、柔らかくなりそうだった。僕は精一杯の笑顔を出した。
「お母さんは、旅の準備をしているから、今日は会えないよ。また電話がかかってきたら教えてあげるからね。」 なんとなく今の状況に気付いているのか、ゆっくりと頷いた。そして足早に階段を降りて行った。僕は弔問客への挨拶を考える為、机に向かった。
妻は亡骸。僕が殺した。妻は3年程前から、闘病生活に入りました。病気が分かった頃は、必死に克服しようと、小さな体を奮い立たせ、前向きに努力してました。入院先の病院で医療関連の本を読み漁り、患者仲間と、健康食品や漢方の情報を交換しては、体に良さそうと思うものはと試していました。体調がいい日は、いつも絵本とカメラを持って公園に行く。可愛らしい花の写真を撮る。息子と同世代の子をみかけては、絵本を読み聞かせたりしていた。ひょっとすると妻なら病気を克服するかもしれない。僕はそう思いました。しかし病の手が急に伸び、容体が急変しました。頑張って闘いましたが、帰らぬ人となってしまいました。ただ最後の旅行で、大好きだった海に包まれたのは、彼女にとって幸せな事ではなかったかなと思います。□□安らかに眠ってね。そして僕もいくつかの用事を終えたらそちらにいきます。今日は、彼女の為に集まってくれた皆さん有難うございます。
一通り書き終えて、読み返した。このまま読んで誰かに咎めて貰いたかった。誰かに告白したかった。しかしそんな事はできない。多くの人前で僕が非難され、囲まれ連れて行かれる。勇太や親族の前でとても見せられない。僕はその部分を切り取った。しかし僕はこんな事を考えていた。勇太は妻の両親に面倒をかけるかも知れないが、妻と僕の世界に審判をしてもらおうと。妻と僕の世界といっても壮大なものではなく、どの人でも、持っている日常の仲間だ。仕事で疲れた時や休みの前に一緒に飲みに行き、悩みを冗談にしながら解消する。夏になったら皆でバーベキューなどをする。笑い合う。気心しれた良い仲間だ。そんな事を考えながら僕は手紙から妻は亡骸と、僕が殺した、部分を切り離した。その紙を青とピンクの蛍光ペンで塗った。塗った後、僕は一文字ずつ切った。
僕は切った紙を封筒に入れた。僕の特徴的な横長の字は仲間が見たらすぐに分かるだろう。そして仲間の名前を紙に書き一覧表を作った。それを持って受付に行き、紙に書いた弔問客がきたらその人のお返しの中に、親類に気付かれずに、入れて貰いたい事を、お願いした。常に悼んでいるような顔をしている、受付の人は慣れた感じで、その件を承知してくれた。
受付から戻る途中、妻の棺の中を見た。やはり、死人より死んだ顔をしている。あの人に化粧を頼んだのは、失敗だったかも知れない。妻の高校時代からの親友で界隈のメイクの世界では名が通っている人で、特にグレー色の扱いは右に出る人がいないらしい。今度、YOKO’Sグレイという商品を界隈の化粧品店で発売するらしい。斬新すぎるせいか僕にはその良さが分からない。妻の願いだから仕方ない。でもこの化粧のおかげで息子は妻の存在に気付いていない。こんな顔、見せられない。心的外傷でもできたら困る。
控室に戻って、半時間ぐらい経った頃だろうか、スピーカーから妻の大好きだった、海外有名アーティスト達がチャリティーで歌ったWE ARE THE ONE が流れだした。そろそろ葬儀が始まる。僕達の整然なる葬が始まる。
僕は静かに悲しげに親族の席に座った。葬儀時間開始10分前に仲間が連れ立って入ってきた。皆、僕に向いて悲しげな表情をしてくれる。そして厳かに式は進んで行った。
そうして、僕が話す30分前ぐらいだろうか。一番落ち着きの無い仲間の一人が中の封筒に気がついた。封筒の中から紙を取り出した。
「骸、これなんだ。」
「なんか宗教的なもんじゃないか。」横の仲間が封筒を引っ張り出した。
「亡、なんだこれ」仲間の座っている辺りが騒がしくなっている。そうして一通り封筒から紙を出しては、話していた。そして最前列に座っていた仲間の一人が引き出物の箱を膝に置き、紙を並べて色々、組み合わせているようだった。
僕は親族の控室で、淡い記憶を必死に鮮明にしていた。出会った頃の妻や、初めて二人で出掛けた街の事。お互いに自分の傷を告白し笑い合った事。10年前のあの時に、僕達は出会った。あの頃の妻はいつも笑っていたような気がする。当時、駆け出しの劇団員だった僕は使えるお金も少なく、妻の笑顔で日々を暮らしていた。どんな時でも優しく笑いに変えてくれた。辛い時ほど、よく笑っていた。僕の酷い時期を本当に支えてくれた。僕は妻の為に、整然なる葬儀に挑まなければならない。
館内放送が流れた。スピーカを見るとその横にカメラがある。希望によって、葬儀を色々な角度で見せるためだろうか。僕はカメラを横目で、適度に捉え、精一杯の嘘泣きをした。僕はもう泣き疲れている。息子の為にも整然なる葬儀を行わないといけない。僕は役に入る。そうして幕は上がっていく。
「今日の葬儀の宗派はAです。皆さんお間違えのないように。」抑揚の無い、業務連絡が聞こえてきた。
目を腫らして僕は葬儀の開始を、控室で息子と二人で待っていた。今春、幼稚園に入園した息子が、絵本を手に持って僕を不思議そうな顔で僕を見つめている。まだ、状況を分かってない息子をみて、父として不憫に思う。その一方で無邪気な頃だから良かったかもしれない。また涙が出てきた。
また、僕は泣いた。泣いた。噎び泣く。嗚咽。噎び泣く。涙が枯れそうになると、思い出を涙の缶に詰め込んだ。そうして噎ぶ。泣く。悲哀に満ちる。こんな感情に囚われるならばと、他の試しを考える。笑顔で日常を送る家族を思う。周囲を見る。時計が目に飛び込んでくる。針が無情に進んでいる。帰れない時間に気付き、僕はまた激しく泣く。
戸惑った表情で、息子が僕を慰めてくれた。小さな体を使って、大きく僕を抱きしめてくれた。
「お父さん、泣かないで。」
息子に慰められている自分。弾力のある柔らかな手が僕を、客観的にさせてくれた。息子が頭を撫でつけながら微笑んでいた。母親が君の機嫌を取っていた方法を真似しているんだね。
「ありがとう。おかげで父さん大丈夫だよ。」
僕は堅実に、いる必要がある。
息子の為。来てくれた人の為。また妻の為。難しい仕事に取り掛かる前、僕は一人で居たくなる。
腫れぼったい目尻を下げ、口元を緩め僕は微笑んだ
「お父さん、来てくれた友達の前で話さないと行けないんだ。その手紙を書くから、外にでも行って遊んでおいで。」
元気な嬉しそうな顔で、僕を見上げていた。
「お父さん、元気になったよ。」
息子はそれを聞くと、喜んで立ちあがった。そして興奮した様子で声をだした。
「次はお母さんを元気にしてくる。」
僕の堅実になろうとしていた心は、柔らかくなりそうだった。僕は精一杯の笑顔を出した。
「お母さんは、旅の準備をしているから、今日は会えないよ。また電話がかかってきたら教えてあげるからね。」 なんとなく今の状況に気付いているのか、ゆっくりと頷いた。そして足早に階段を降りて行った。僕は弔問客への挨拶を考える為、机に向かった。
妻は亡骸。僕が殺した。妻は3年程前から、闘病生活に入りました。病気が分かった頃は、必死に克服しようと、小さな体を奮い立たせ、前向きに努力してました。入院先の病院で医療関連の本を読み漁り、患者仲間と、健康食品や漢方の情報を交換しては、体に良さそうと思うものはと試していました。体調がいい日は、いつも絵本とカメラを持って公園に行く。可愛らしい花の写真を撮る。息子と同世代の子をみかけては、絵本を読み聞かせたりしていた。ひょっとすると妻なら病気を克服するかもしれない。僕はそう思いました。しかし病の手が急に伸び、容体が急変しました。頑張って闘いましたが、帰らぬ人となってしまいました。ただ最後の旅行で、大好きだった海に包まれたのは、彼女にとって幸せな事ではなかったかなと思います。□□安らかに眠ってね。そして僕もいくつかの用事を終えたらそちらにいきます。今日は、彼女の為に集まってくれた皆さん有難うございます。
一通り書き終えて、読み返した。このまま読んで誰かに咎めて貰いたかった。誰かに告白したかった。しかしそんな事はできない。多くの人前で僕が非難され、囲まれ連れて行かれる。勇太や親族の前でとても見せられない。僕はその部分を切り取った。しかし僕はこんな事を考えていた。勇太は妻の両親に面倒をかけるかも知れないが、妻と僕の世界に審判をしてもらおうと。妻と僕の世界といっても壮大なものではなく、どの人でも、持っている日常の仲間だ。仕事で疲れた時や休みの前に一緒に飲みに行き、悩みを冗談にしながら解消する。夏になったら皆でバーベキューなどをする。笑い合う。気心しれた良い仲間だ。そんな事を考えながら僕は手紙から妻は亡骸と、僕が殺した、部分を切り離した。その紙を青とピンクの蛍光ペンで塗った。塗った後、僕は一文字ずつ切った。
僕は切った紙を封筒に入れた。僕の特徴的な横長の字は仲間が見たらすぐに分かるだろう。そして仲間の名前を紙に書き一覧表を作った。それを持って受付に行き、紙に書いた弔問客がきたらその人のお返しの中に、親類に気付かれずに、入れて貰いたい事を、お願いした。常に悼んでいるような顔をしている、受付の人は慣れた感じで、その件を承知してくれた。
受付から戻る途中、妻の棺の中を見た。やはり、死人より死んだ顔をしている。あの人に化粧を頼んだのは、失敗だったかも知れない。妻の高校時代からの親友で界隈のメイクの世界では名が通っている人で、特にグレー色の扱いは右に出る人がいないらしい。今度、YOKO’Sグレイという商品を界隈の化粧品店で発売するらしい。斬新すぎるせいか僕にはその良さが分からない。妻の願いだから仕方ない。でもこの化粧のおかげで息子は妻の存在に気付いていない。こんな顔、見せられない。心的外傷でもできたら困る。
控室に戻って、半時間ぐらい経った頃だろうか、スピーカーから妻の大好きだった、海外有名アーティスト達がチャリティーで歌ったWE ARE THE ONE が流れだした。そろそろ葬儀が始まる。僕達の整然なる葬が始まる。
僕は静かに悲しげに親族の席に座った。葬儀時間開始10分前に仲間が連れ立って入ってきた。皆、僕に向いて悲しげな表情をしてくれる。そして厳かに式は進んで行った。
そうして、僕が話す30分前ぐらいだろうか。一番落ち着きの無い仲間の一人が中の封筒に気がついた。封筒の中から紙を取り出した。
「骸、これなんだ。」
「なんか宗教的なもんじゃないか。」横の仲間が封筒を引っ張り出した。
「亡、なんだこれ」仲間の座っている辺りが騒がしくなっている。そうして一通り封筒から紙を出しては、話していた。そして最前列に座っていた仲間の一人が引き出物の箱を膝に置き、紙を並べて色々、組み合わせているようだった。