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花がすみのいろ :1(prologue) -2

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1(prologue)



 雷の遠い唸りが、煙のような春の雲を空に掻き集めていた。
 通りの両側に連なる、背の高い家屋の上には、切り取られた雨曇りの空が見える。先ほど、高台から目にしていた海の色は、灰色がかった群青で、そこに白い筋を描く船の姿は疎らであったことを、格子縞のシャツに半ズボンといった小ぎれいな身なりの少年は、ぼんやりと空を見上げながら思い出していた。
 心では嵐を求めていながら、風雨を避ける為に、このまま帰宅してしまうのは嫌であった。少年の名は深雪といった。深雪は、見栄え良く糊の利いた大き目のシャツの裾を、わざとズボンの腰元から引っ張り上げ、向かい風を孕ませて、緩慢に歩を進めて行く。住まいのある海岸通りから、少しばかり離れたこの新しい住宅地を、まだあちこちとぶらつき、今日も家の者に叱られないぎりぎりの頃合いに、玄関をくぐる心積もりであった。
 遠雷は一向に近付く気配がなく、嵐への期待を削ぎ落とす。しかしながら、湿り気を帯びた風が頬をひと撫でするなり、忽ち大きな雨粒が体を打ち始めた。雨混じりの潮風が吹き付け、深雪の全身を見る間に濡らして行く。刻々と強まる雨脚に、深雪は水飛沫を上げて通りを駆けざるを得なくなった。
 あてのない散策の中で発見した、平岡の家までの早道、草葉の疎らな空き地を抜け、細い溝川の上に渡された板の上をそろそろと越え、慣れぬ足取りで民家の合間を抜ける。視界に薄鼠の明るみが差したところで、広い表通りへと開け、帰るべき家はもうすぐそこであった。