Neverending Story
☆ わすれな草 ☆
そこには絶景が広がっていた。まるで自分が一枚の絵葉書の中にいるような、そんな景観が目の前にあった。
「綺麗だな…」
その景色に圧倒された高瀬浩康(たかせひろやす)は、つい口に出して呟いていた。
思っていた以上の感動が心に染み入る。
やはり、テレビや雑誌で見るのと、実際で見るのとでは違う。
質感が違うのだからあたり前のことなのだけれど、でもそう頷きたくなってしまうのは間違いなくこの風景のせいなのだろう。
同じ日本だというのに、どこか異国にでも来てしまったような、そんな情緒を醸し出しているのだから。
高瀬は昨日から広島県にある尾道に来ていた。
昨日から、といってもホテルに到着したのは夜だった。
なので、まさかホテルからこんなにも綺麗な景色が見れるとは思ってもいなかったのだ。
勿論、景色が綺麗な街だとは知っていた。
雑誌やテレビなどで紹介されているのを何度も目にしているのだからだ。
けれど、実物は想像以上に胸を打たれるものだった。
「こんなんだったら、もっと早い時間に到着するようにすれば良かったかな……」
絶景を前に、一際(ひときわ)後悔は大きい。
気楽な一人旅。時間を弄ぶだろう、と思い高瀬は到着時間を遅くした。
けれど、それが間違いだった。
あてのない旅。自由気ままな旅。
一人ただ黙々と散策するだけの旅。
だから、今日も明日もそしてその次の日も、予定なんてものはない。
適当に観光名所をプラプラして、一応持ってきたデジカメで適当に写真を撮る。
そんな誰もがする行為を、自分もしてみる。
でも、そのフレームの中に自分の姿は納まることはない。
誰に見せるわけでもない写真は、淋しすぎる。
それに、高瀬は誰かに自分を撮って貰おうなんていう気も更々ない。
もっと、虚しくなってしまうからだ。
「それにしても、暑いな…」
高瀬は駅前にいた。
綺麗な景色に心が躍り、居ても立っても居られずホテルを飛び出していたのだ。
雲ひとつない空を見上げた。
草木が生い茂る、夏の匂いがした。
暦の上で5月は、初夏なのだろう。
けれど、北海道から来ている高瀬には、真夏の暑さでしかなかった。
同じ日本。なのに、季節が違う。
北海道では、ちょうど桜が満開で見所だ。
しかし、南日本では桜はとっくの間に散っている。
季節が違いすぎるのである。
「だめだ、暑い…」
そう呟いて、高瀬は上着用に着ていたミリタリーシャツを脱ぎ、Tシャツ姿になった。
強い陽射しに慣れていない肌が、ピリピリと痛む。
「今日は、真夏か?」
慣れない陽射しに逆上(のぼ)せて、頭がクラクラする。
どこかで休みたい。
そう思った高瀬は、ちょうど日陰になっていたベンチに目を留める。
近くにある自販機で飲み物を買い、そのベンチに腰をおろした。
冷たいお茶を一気に半分ほど飲み干し、透き通った青空をもう一度見上げ浅く息を吐いた。
柔らかな風が心地良かった。
高瀬は、一旦ホテルに帰ろうか、と迷う。
脱いだシャツが邪魔だったからだ。
こんな天気じゃ、上着は必要ないだろう。
なら、ここでひと休みしたらホテルにもどろう。
時間なら幾らでもある。
そう決めた高瀬は、Tシャツをパタパタしながらまた浅く息を吐いた。
それにしても、暑い…。
そればかりが、つい言葉に出てしまう。
けれど、周りを見渡せば誰も、暑い、という顔をして歩いている者はいない。
それに、半袖だけで歩いている者もいなかった。
皆、ちゃんと長袖の衣服を着こなし、中にはしっかりジャケットを纏って悠々と歩いている者もいた。
夏の格好をしているのは自分だけ。
でも、だからといって今更シャツを着る気にはなれない。
高瀬からみたら、ここは南国なのだ。
許されるならジーンズも脱ぎたいくらいだと思った。
こんなんだったら、ハーフパンツも持ってくるんだったな…。
高瀬は、ふと思う。
今更、この歳で外聞を気にする必要もないだろう。
それに、自分は北国である北海道から来たのだ。
だから、すぐに気候に慣れろと言われても困る。
道民は暑さに弱いのだ!
なんて、そんなくだらない言い訳を繰り返し、もう一度空を見上げた。
このままずっと、ここにいてもいいくらい全てが心地好かった。
と、ふと視線を感じた。
誰だ?と探してもしょうがないことは分かっている。
けれど、高瀬はふと辺りを見回した。
知った顔はない。当たり前だ。
ここには知人も、親戚もいない。
それに、自分が広島県に来ていることは、誰も知る由もないのだ。
だから、自分を知っている者は、ここには誰もいない。
なら、さっきの視線は気のせいか、と思い直す。
さてと、そろそろ行こうかな…。
重い腰を上げるように、高瀬はぬるくなって残っているお茶を一気に飲み干す。
そして、ゴミ箱を探した。
「ここ、座ってもいいですか?」
「えっ?あっ、どうぞ…。自分は、もう行きますから」
突然、女性に声を掛けられ、高瀬はしどろもどろに答えながらその場を女性に譲る。
そして、空のペットボトルを捨てると、その場所から足早に立ち去った。
別に、逃げる必要はなかった。
けれど、急にばつが悪くなって、無意識にその場から離れてしまったのだった。
もう行きますから、なんて言わなきゃよかったな……。
これといって行くところもないし。
高瀬は少し後悔した。
そこには絶景が広がっていた。まるで自分が一枚の絵葉書の中にいるような、そんな景観が目の前にあった。
「綺麗だな…」
その景色に圧倒された高瀬浩康(たかせひろやす)は、つい口に出して呟いていた。
思っていた以上の感動が心に染み入る。
やはり、テレビや雑誌で見るのと、実際で見るのとでは違う。
質感が違うのだからあたり前のことなのだけれど、でもそう頷きたくなってしまうのは間違いなくこの風景のせいなのだろう。
同じ日本だというのに、どこか異国にでも来てしまったような、そんな情緒を醸し出しているのだから。
高瀬は昨日から広島県にある尾道に来ていた。
昨日から、といってもホテルに到着したのは夜だった。
なので、まさかホテルからこんなにも綺麗な景色が見れるとは思ってもいなかったのだ。
勿論、景色が綺麗な街だとは知っていた。
雑誌やテレビなどで紹介されているのを何度も目にしているのだからだ。
けれど、実物は想像以上に胸を打たれるものだった。
「こんなんだったら、もっと早い時間に到着するようにすれば良かったかな……」
絶景を前に、一際(ひときわ)後悔は大きい。
気楽な一人旅。時間を弄ぶだろう、と思い高瀬は到着時間を遅くした。
けれど、それが間違いだった。
あてのない旅。自由気ままな旅。
一人ただ黙々と散策するだけの旅。
だから、今日も明日もそしてその次の日も、予定なんてものはない。
適当に観光名所をプラプラして、一応持ってきたデジカメで適当に写真を撮る。
そんな誰もがする行為を、自分もしてみる。
でも、そのフレームの中に自分の姿は納まることはない。
誰に見せるわけでもない写真は、淋しすぎる。
それに、高瀬は誰かに自分を撮って貰おうなんていう気も更々ない。
もっと、虚しくなってしまうからだ。
「それにしても、暑いな…」
高瀬は駅前にいた。
綺麗な景色に心が躍り、居ても立っても居られずホテルを飛び出していたのだ。
雲ひとつない空を見上げた。
草木が生い茂る、夏の匂いがした。
暦の上で5月は、初夏なのだろう。
けれど、北海道から来ている高瀬には、真夏の暑さでしかなかった。
同じ日本。なのに、季節が違う。
北海道では、ちょうど桜が満開で見所だ。
しかし、南日本では桜はとっくの間に散っている。
季節が違いすぎるのである。
「だめだ、暑い…」
そう呟いて、高瀬は上着用に着ていたミリタリーシャツを脱ぎ、Tシャツ姿になった。
強い陽射しに慣れていない肌が、ピリピリと痛む。
「今日は、真夏か?」
慣れない陽射しに逆上(のぼ)せて、頭がクラクラする。
どこかで休みたい。
そう思った高瀬は、ちょうど日陰になっていたベンチに目を留める。
近くにある自販機で飲み物を買い、そのベンチに腰をおろした。
冷たいお茶を一気に半分ほど飲み干し、透き通った青空をもう一度見上げ浅く息を吐いた。
柔らかな風が心地良かった。
高瀬は、一旦ホテルに帰ろうか、と迷う。
脱いだシャツが邪魔だったからだ。
こんな天気じゃ、上着は必要ないだろう。
なら、ここでひと休みしたらホテルにもどろう。
時間なら幾らでもある。
そう決めた高瀬は、Tシャツをパタパタしながらまた浅く息を吐いた。
それにしても、暑い…。
そればかりが、つい言葉に出てしまう。
けれど、周りを見渡せば誰も、暑い、という顔をして歩いている者はいない。
それに、半袖だけで歩いている者もいなかった。
皆、ちゃんと長袖の衣服を着こなし、中にはしっかりジャケットを纏って悠々と歩いている者もいた。
夏の格好をしているのは自分だけ。
でも、だからといって今更シャツを着る気にはなれない。
高瀬からみたら、ここは南国なのだ。
許されるならジーンズも脱ぎたいくらいだと思った。
こんなんだったら、ハーフパンツも持ってくるんだったな…。
高瀬は、ふと思う。
今更、この歳で外聞を気にする必要もないだろう。
それに、自分は北国である北海道から来たのだ。
だから、すぐに気候に慣れろと言われても困る。
道民は暑さに弱いのだ!
なんて、そんなくだらない言い訳を繰り返し、もう一度空を見上げた。
このままずっと、ここにいてもいいくらい全てが心地好かった。
と、ふと視線を感じた。
誰だ?と探してもしょうがないことは分かっている。
けれど、高瀬はふと辺りを見回した。
知った顔はない。当たり前だ。
ここには知人も、親戚もいない。
それに、自分が広島県に来ていることは、誰も知る由もないのだ。
だから、自分を知っている者は、ここには誰もいない。
なら、さっきの視線は気のせいか、と思い直す。
さてと、そろそろ行こうかな…。
重い腰を上げるように、高瀬はぬるくなって残っているお茶を一気に飲み干す。
そして、ゴミ箱を探した。
「ここ、座ってもいいですか?」
「えっ?あっ、どうぞ…。自分は、もう行きますから」
突然、女性に声を掛けられ、高瀬はしどろもどろに答えながらその場を女性に譲る。
そして、空のペットボトルを捨てると、その場所から足早に立ち去った。
別に、逃げる必要はなかった。
けれど、急にばつが悪くなって、無意識にその場から離れてしまったのだった。
もう行きますから、なんて言わなきゃよかったな……。
これといって行くところもないし。
高瀬は少し後悔した。
作品名:Neverending Story 作家名:ミホ