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好きにはなれないの?

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 目が覚めると、外は夕日に染まっていた――いや、違う、朝日だ。どうやら、ずっと眠り続けていたらしい。
 ベッドからもぞもぞと這いだして、取り合えずシャワーでも浴びようと廊下に出た。
 洗面所の時計が示すのは五時過ぎ。たっぷり寝たはずの体は重く、私はふわぁと大あくびをした。
 シャワーを浴び、髪を乾かしている頃、母親が起き出してきたが、喋りたくなくて自分の部屋へと逃げ帰った。そして、家を出る寸前まで部屋でだらだら過ごす。
 遅刻しそうになりながら朝食を胃に流し込み、歯を磨いて、家を飛び出した。
 こうして忙しさに追われていれば、考える暇もないから負のスパイラルに陥らずに済む。これが今の私が取れる一番いい選択だった。
 もちろん、そんな方法で気分が変わるわけもなく、内心に鬱々としたものを抱えながら学校へ。また彩香に心配され、迷惑かけちゃったと自己嫌悪に浸る自分をぶん殴りたくなった。
「今度私の家で呑まない?」
 彩香は真面目な顔で提案してきた。
「梨奈はいろんなのを溜め込みすぎだよ。お酒の力でも借りて吐き出しちゃえって」
 いったんは断ったものの、見事に言いくるめられ、土曜日、迎え行くからね、と釘を差された。
「……うん。分かった」
 それでいい、と彩香は笑った。

「梨奈、迎えに来たぞー」
「……やっぱり、その……」
 玄関でもじもじと立つ私の手をあすかはきゅっと握り、行こうよ、と囁いた。
「怖くないって。私が見てるよ、梨奈の様子」
 安心して。私、結構お酒呑んでるし、呑めるんだから。
 手を引かれ、彩香の家を目指す。
 まるで子供。
 怖い、嫌だと駄々をこねて、相手を困らせるだけだ。
 どうしてこうなんだろう。迷惑だけをかけてしまうんだろう。私は何もあげられないのに。
「梨奈、大丈夫だよ。ね?」
 自分の家のドアを開けながら、私を安心させるように言う。ただこくりと頷き返した。

「ほらほら梨奈、なーんでも言っちゃいなーってぇ」
 酔ってテンションが上がったのか、いつもより更に軽やかな笑顔で私の元へ寄った。
「…………ん」
 彩香は本当にお酒に強いようだ。
 チューハイの缶一本でフラフラになっている私とは大違い。
 頭の中が熱い。何も考えられないくらいに。
「…………彩香、」
 猛烈な眠気。もう何でもいいか、と脳が思考を放棄した。
「んー? どした?」
 鼻歌を歌いながら新たに缶を開ける彩香。
「いつも、ごめんね」
「何で謝るの?」
 彩香の声のトーンが変わった。
「わたし、あやかに迷惑、かけてばっかで……。なにもしてあげられないのに……」
 自分が何を言っているのか、もう分からない。ちゃんと意味の通じる言葉を言えているかどうかすら。
「ごめん……」
 ぎゅっと抱きしめられる感覚。
「ほら、眠いでしょ。寝ちゃえば? ずっとこうしててあげるから」
 頭の上から声がする。
「ん……」
 あったかい。
 それを声に出して言ったかどうか、記憶ははっきりしない。でも、本当に温かかった。

 目を覚ますと、そこは見慣れた私の部屋ではなく、彩香の部屋だった。
 どうしてここに、と体を起こしたあたりから、記憶がよみがえり始めた。
「…………」
 酔った勢いで言っちゃったことぐらい忘れとけよ私の馬鹿!
 内心で叫びながらもう一度ベッドの中に体をうずめる。
「死にたい……」
 あんなこと――ただただ彩香を苦しめるようなあんな告白なんかをどうしてしてしまったのか。
 私なんか……。
 そう思った拍子に涙がじわりとにじんだ。慌てて目尻を拭い、深呼吸して気持ちを落ち着ける。他人の部屋で泣くわけにはいかない。
「梨奈、起きた?」
 かちゃりと優しくドアを開ける音に続き、声が降ってきた。
 泣いたことがバレませんように、と祈ってから彩香の方に頭を向ける。
「あ、起きてた。おはよう」
「……おはよう。今、何時?」
「もうすぐ十時かな。思ったより起きるの早かったね」
 彩香は微笑んで、水が入ったコップをこっちに渡し、隣に腰を下ろした。
「飲んで。酔い覚まさないとね。頭痛かったりしない?」
「ちょっと痛い」
「うーん、すぐ治るかなぁ……。私、二日酔いとかほとんどないから分かんないんだよね」
 彩香は飲み干したコップを受け取って、床にそっと置いた。
「お酒に強い体質じゃないのかな? あんまり飲んでなかったし」
 そう言つつ彩香は、私にすっと近寄り、昨日のように抱きしめた。いつもよりもずっとずっと近い距離。
 どうしていいのか分からなくて、私は体を硬くした。
「迷惑、いっぱいかけてきていいよ。もっと、もーっと頼ってくれていいの」
 その声が震えている気がするのは、気のせいだろうか。
「絶対梨奈から離れないから。だから、傍にいさせて? 一緒にいたいんだ」
 私を抱きしめる腕に力がこもる。
「私、梨奈のこと、好きみたい。そんなつもりじゃなかったんだけど。友達のつもりだったんだけど」
 この時ばかりははっきりと分かった。
 声どころか、体まで震わせて、あすかは囁いた。
「私と付き合って」
 この話が始まった時から予想していたはずの言葉だったが、返事をしようにも声が出ない。
 彩香はじっとしたまま動かない私から離れ、悲しそうにつぶやいた。
「その……ごめん。忘れて」
 私はその温もりが、手に届かないほど遠くに行ってしまうような錯覚に襲われた。
 ただそれが嫌で、私は腕を伸ばした。
「……梨奈?」
 唇をなめ、一言一言を確かめるかのようにゆっくりと言葉をつむぐ。
「私も、ずっと一緒にいたい。彩香のこと、まだ恋愛的に好きなわけじゃないけど、大好きだから」
 お酒が残っているせいか、いまいち要領を得ない返事だった。
 それでも気持ちはしっかり伝わったらしい。彩香の腕がもう一度背中に回る。
「……ありがと」
 小さいすすり泣きが聞こえた。
「私も、ありがとう」
 それから二十分近くに渡り、私たちはずっと抱き合っていた。

 そんなに甘えて、馬鹿じゃないの?

 呆れたようにつぶやくもう一人の私。
 そんな彼女に、初めて笑顔で言葉を返すことができた。

 でもそんな馬鹿な私のことなら、好きになれる気がするよ。
作品名:好きにはなれないの? 作家名:風歌