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きらきら星

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眼前に広がるのは岩と砂ばかりの灰色の大地。天頂には星々きらめく漆黒の宙(そら)。星の海の真ん中に蒼い惑星が鎮座している。星空というものはたとえようもなく美しい。
理知を重んじる若き天文学者・宏(ひろ)は、珍しく叙情的な気分に浸っていた。長時間美しいものを見ていれば、人間誰しも詩的な気分になるらしい。しかしそれも、すぐ後ろから情緒もへったくれもない能天気な歌声が聞こえてくるまでだった。
「き〜ら〜き〜ら〜ひ〜か〜る〜お〜そ〜ら〜の〜ほ〜し〜よ〜♪」
「のんきに歌っている場合ですか! 手を動かしてください。手を!」
「もーそんなに怒らないでよ〜。今、突貫で直してるからさあ」
「当然です。誰のせいでこんなことになったと思ってるんですか!」
 現在地は月面ドーム都市から西に一〇〇キロ。だだっ広い月の海のど真ん中。壊れた月面用オートバイ(ムーンヴィークル)を前に、宏と秋穂はすっかり立ち往生していたのだった。
二〇XX年、人類が月に進出してからというもの、より快適な月面生活のために様々な装置が開発された。その一つが重力が弱い月での移動に適した月面用オートバイ・ムーンヴィークル。略称M・V。もう一つがエアスーツである。
 エアスーツは宇宙空間でのより自由な活動を可能にする装置である。装置を中心に力場を形成し、気温・気圧を維持、酸素や水蒸気を補給し、放射線や宇宙塵を遮断する。従来の宇宙服のような重いスーツを着る必要はなく、銀色のジャケットと靴、それに小型の制御装置をつけるだけでいい。最近、大量生産が可能となって非常に安価になったため、一般市民でも手にいれることが出来るようになり、ドーム都市を出ての安全な月面移動が可能になった。
よって姉の友人である秋穂にドライブにいこうと誘われた時も(なんでもM・Vのエネルギー変換効率の高い新しいエンジンを搭載したので、試運転してみたいのだという)、ドームの外、すなわち宇宙空間へ出ることへのリスクなど考えてはいなかった。その日は特に予定はなかったし、姉がしつこく行けというのでドライブに付き合うことにしたのだ。
しかし、宏はとても大事なことを忘れていた。秋穂は絶叫マシン好きのスピード狂なのである。
自分のM・Vに乗ると主張したのにムリヤリ後ろに乗せられた時点で嫌な予感はしていた。していたがそこで秋穂の趣味嗜好を思い出せなかったのは一生の不覚といえよう。案の定、秋穂は広い月面をスピードマックスで疾走したあげく、ハンドルを切りそこねて盛大にクラッシュしてしまったのだった。M・Vの事故時乗員保護システムのおかげで大した怪我はなかったが、当然、乗り物が壊れてしまってはドームに歩いて帰る他なく、下手をすると帰れない可能性がある。
 しかも不運はそれだけではなかった。エアスーツの制御装置はチョーカー型が一般的だが、首に何かを巻くのがいやな宏は腕時計型を使用しいた。それをあろうことかM・Vがクラッシュした時に岩に激しくぶつけてしまい(おかげで左手がかなり痛い)、かつ経年劣化していたせいか強度が落ちていたようで、装置の一部が狂って力場が安定して形成されなくなってしまったのである。
 月面でエアスーツなしとなればその結果は火を見るより明らかだ。宏は安全確保のため、秋穂のエアスーツの効果範囲内に入っていなければならなくなったのだった。
「エンジンはこれでよし。ヴィーくん、あとどこを直せばいい?」
『ぶれーきしすてむの配線が一部せつだんされてイマス』
 時々雑音をはさみながらヴィーくんことM・Vのナビゲーションシステムが答える。それを聞いた秋穂はどこからともなく新しい工具を取り出した。
「了解! すぐに直しま〜す」
 軽い口調とは裏腹に、秋穂は手際よく修理を進めていく。彼女はこれでも非常に優秀な技師。M・Vの修理くらいお手の物なのである。
 エアスーツの効果範囲内に入るため、秋穂との距離はかなり近い。工具と部品が触れ合う小さな音が耳に届くくらいだ。普段とは全く違う距離感に酷く緊張してしまって、なんだか落ち着かない。とはいえ、緊張を動きに表すと挙動不審になってしまうので、どうにか視線を修理作業に固定させた。
 使い方は知っていても修理の仕方は全く専門外な宏にとって、壊れた機械を魔法のように直してしまう技師の技は感嘆すると同時に見ていて楽しいものでもある。職人気質で技術レベルの高いドーム都市A21の技師たちの中でも、一際優れた技術を持つ秋穂は、慣れた手つきでカバーを外すと、切れたコードを繋ぐ作業を黙々と
「てぃんくるてぃんくるりとるすたー☆ ちゃっちゃらちゃっちゃら〜ら〜ら〜」
 しなかった。
「だから何で歌いながらやるんですか! しかも歌詞が適当ですし!」
「だって最初しか知らないもん。きらきら星の英語の歌詞」
「じゃあ歌わなかったらいいじゃないですか!」
「まあまあ落ち着いてヒロくん。ほら、上は満天の星空だよ〜? こんな星空を見たらきらきら星の一つや二つ、歌いたくもなるじゃん」
「なにを能天気な。M・Vは故障、エアスーツは不調、無事にドームに戻れないかもしれないのに落ち着いてなんていられませんよ。それもこれもあなたのせいです」
 エアスーツの不調とドームに帰れないかもしれない不安で、宏の苛立ちはどんどんヒートアップしていく。この事態の原因である秋穂のお気楽すぎる態度もそれに拍車をかけた。
「だいたいあなたは大雑把で強引過ぎる。付き合わされるこっちはいい迷惑ですよ。それを分かっているんですか!」
 思いっきり怒鳴ってから、宏ははっとした。
「そうだよね。あたしが調子に乗りすぎたせいだよね。ごめん」
 さしもの秋穂も宏の言葉がこたえたのだろうか。いつも無駄に陽気な彼女がしょげ返っている。本格的に反省している様子に宏の方がどうすればいいのか分からなくなった。
「わ、分かればいいんです。さあ、速く直してください」
 そう言うと、秋穂は素直に頷いて作業を再開した。これですぐにM・Vは直るだろう。そう思って宏は安堵した。
 ところが秋穂がしゃべらなくなった途端、その場は痛いほどの沈黙に包まれた。秋穂がM・Vを修理する音以外、何も聞こえない。そもそも大気のない月面で物音が聞こえるわけがないのではあるが。
(気まずい・・・・)
 エアスーツ効果範囲内に入っていなければならないため、秋穂に触れる寸前まで近付いている状態だ。この距離でこの沈黙は思った以上に辛い。しかし今さら怒鳴ったことを謝るのもおかしな話だ。嘘は言ってないし誇張もしていない。こんな事態になったのは間違いなく秋穂のせいなのだ。謝ることなんてなにもない。なにも・・・・
「きらきら星の英語版の歌詞ですが・・・・」
 沈黙に耐えかねた宏の口から飛び出したのはそんな言葉だった。秋穂は振り返ると不思議そうな顔をする。なんとなくその顔を直視できなくて、何もない地平線を眺めながら、宏は言った。
「僕は全部知っていますよ」

「Twinkle, twinkle, little star
 How I wonder what you are!
 Up above the world so high,
 Like a diamond in the sky.
作品名:きらきら星 作家名:紫苑