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So Wonderful Day

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 二十五日当日、ジェフリーは午前中に教会へエレナたち家族と出かけた。リクヤはクリスチャンではないから教会には同行しないと言うので、適当に理由をつけて娘の家に寄り道し、キッチンを借りてリクヤの誕生日のための料理とケーキ作りに精を出していた。もちろんリクヤには内緒である。ジェフリーがワインに酔ったという名目で彼にここまで迎えに来させ、エレナ一家を交えてサプライズ・パーティーを仕掛ける計画なのだ。当初予定していた、二人きりでロマンチックに――ではなく、娘夫婦と可愛い孫娘も交え、出来うる限り賑やかに彼の誕生日を祝おうと、ジェフリーは思い直した。エツシの受け売りとも言える。
 キッチンから続くリビングでは娘婿のジェームズが、まだ物心のつかないエイミーと一緒に、ささやかなパーティーの準備をしている。その微笑ましい場景を見る余裕もなく、ジェフリーは生まれて初めてのケーキ作りに没頭していた。
 料理のほとんどはエレナに頼っていたが、ケーキは最初から最後までジェフリー一人で作ることに決めていた。
「ケーキなんて、私、一度も焼いてもらったことないわ」
 隣でサラダに使う野菜を千切りながらエレナが言った。ジェフリーは、一旦手を止める。
 甘いものがさほど好きではないリクヤのために選んだのは、ザッハトルテもどきのビターなチョコレートケーキ。その光沢ある面に白い飾り文字を入れようとしていた。それで完成だった。ケーキ作り初心者にしてはずいぶんと上手く出来ている。最後の最後で失敗するわけにはいかない。
「その代わり、いつだって欲しいものをプレゼントしただろう?」
「ええ、そうね。でも誕生日やクリスマスの朝に家に居たこと、あったかしら?」
 痛いところをつかれた。ジェフリーはイベントのプレゼントは欠かさなかったが、必ず祝いの席にいたかと聞かれれば、答えは「NO」だったからだ。エレナは最初の妻との二人目の子供である。彼女の物心がついた頃、ジェフリーはマクレインのスタッフになりたてで多忙を極めていた。誕生日を忘れることは何とか回避したものの、休みや定時帰宅までは気が回らない。その後ろめたさが自然と物質面に反映された。
 答えに詰まったジェフリーの耳に、エレナの笑う声が入った。
「リックのこと、愛しているのね」
 続いた言葉は更にジェフリーの狼狽を誘う。「そりゃ…、大親友だから」と辛うじて答えたが、「それだけ?」と追い討ちをかけられ、またしても言葉が途切れる。とにかく落ち着かなければと、クリームの入った絞り袋をケーキに近づけた。
「ママはいつも、パパには誰か他に好きな人がいるんじゃないかって疑っていたわ」
 エレナはジェフリーのそんな動揺におかまいなしだ。
「ママと離婚して一年くらいでヴァレリーと再婚したじゃない? 私、彼女のことかと思ってた。でも彼女とも別れて、それからまた二回結婚と離婚を繰り返して。ただ単に浮気っぽい性格なんだと思ってたけど、リックを見てわかっちゃった。パパはこの人のことが好きだったんだって。違う?」
 げに恐ろしきは女の勘。娘もさることながら、ジェフリー本人でさえ気づいていなかった頃に、すでに元妻が感じ取っていたとは。相手が同性であるとまではさすがに思わなかっただろうが。
 そしてエレナに一目で見破られてしまっていたのだとしたら、他の人間にもわかるくらい、自分はリクヤへの想いを垂れ流しているのではないか――ジェフリーは顔から血の気の引く思いがした。
「そう言う風に考えたことはないよ」
 平静を装いつつ答える。エレナが含みあり気な笑顔を見せたが、無視した。
「スペル、間違っているわよ、パパ」
 彼女はそう言うと、シチュー鍋の様子を見にその場を離れた。
 見ると、「Happy Birthday」の「y」が中途半端に止まり、「u」になっている。小さく舌打ちして、止まった部分に続きを慎重に足そうしたところへ電話が入った。リクヤからだった。
「破水?!」
 大きくなったジェフリーの声に、シチュー鍋の蓋を持ったままエレナがこちらを注視した。「破水」は出産を経験した女性には、少なからず気になる単語だ。ジェフリーは「大丈夫」の意味合いで、彼女に目配せする。
「で、容態は? うん、うん、わかった。僕もすぐに出る」
 会話を終えて受話器を置きつつエプロンを外すと、リビングのジェームズに車を貸してくれるよう頼んだ。
「どうしたの?」
 エプロンを受け取りながら、エレナが心配そうな目を向けた。
「シェリルが産気づいたみたいだ」
「大丈夫なの?」
「なに、リックはERで何度も妊婦を手がけたから心配はないさ。ただ雪溜まりに車が突っ込んで横転したらしい。マイクがケガをしているって言うから、行ってくるよ。後はよろしく」
「パパも気をつけてね」
 二十四日の夜からアシェンナレイクサイドは稀に見る大雪に見舞われていた。周りを山に囲まれているため、底冷えのする寒さはあってもさほどは積雪しない地域であるのに、一晩中降り続いた雪は大人の腰に達するくらいに積もっていた。午後になっても日は差さず、まだ時折雪が降るので溶ける気配もない。
 ホワイトクリスマスとなって子供のみならず大人もはしゃいでいたが、積もってもせいぜい十センチの雪しか知らない地域は、たちまち不自由を強いられている。家族でクリスマスを過ごす住人が大半で、出かける用事は少ないと言っても、何か事があった時は大層になることは危惧出来た。
 リクヤからの電話は、その「何か」が起こったことの知らせだった。

作品名:So Wonderful Day 作家名:紙森けい