経過(4/29編集)
さらさら。しとしと。
雨が早朝から小さな音を立てていた、某日の午後の事です。
コンクリートが一切敷かれていない、大地が剥き出しになっているこの場所に、二人の女子生徒がのんびり佇んでいました。上着に着けてあるバッジの色と形からして、この学校の最上級生のようです。
彼女らの周りでは――おや。大きな玉ねぎサイズの炎が空中でめらめらと燃えています。別にこの二人が起こしたものではありません。怪火(かいび)というものです。それは青色をしていました。黒絹のベールで顔と頭の一部を隠した少女と、臙脂色のカチューシャをつけた少女は、蒼い炎にすっかりとり囲まれていました。
しかし、これと言って怖がるでもなく逃げようとする気はないようです。
「なァんだ。別段、怖くないねぇ」
ベールの少女が吐き捨てるように言い放ちました。彼女にとってすっかり期待外れで興醒めの結果だったようです。少女の毒舌など気にせず、目の前の鬼火はゆらりゆらりと静かに燃えています。
「――エリナ。鬼火って、一応科学的に分析、証明できるって知ってた?」
カチューシャをつけた少女は、友人が鬼火に手を伸ばすのを視界に入れつつ、静かに話し掛けました。
「へェ。どんな風にだい?」
鬼火により、手元と顎が淡群青色に染まったベールの少女は、カチューシャの少女の方に声だけを向けました。鬼火と友人をじっと見つめつつ、カチューシャの少女は自分が知っている話をはじめました。
「人体に含まれるある物質がね、肉体が死んだ事によって腐って気化し、ある一定の状態の空気中の成分と混じりあい、鬼火と成って現れるのだと」
「ふうん」
今度は鬼火を上から撫でるように手を掲げているベールの少女は、息と共に感嘆の相槌を打ちます。
「成ァ程。てことァこの辺にはなにそれの死体が埋まってるんだな」
「かもね」
ベールの少女の、(この学校においては)なかなか現実味がありすぎて笑えない冗談に、カチューシャの少女は短く同意を示します。
めらめら、めろめろ。
傍らで明明と燃えているものは――外見的には立派な炎でありますのに――近くにいても触れてみても、少しも熱を感じません。どうして燃えているのでしょうか。何を燃やしているのでしょうか。
人の魂、または天狗の使い火とも囁かれるその炎は、ただ、黙黙と燃えているだけです。
「――あちらの方で、死者を数名出してしまったという話は聞いたが」
唐突に、鬼火から手を離したベールの少女が別の話題を持ち出しました。
「ええ、二級生(高等部二年生)の方でも、行方不明者が出たようよ」
「手足は見つかったそうだけど……」
何かからはばかるように、辺りをぐるりと見渡してから、カチューシャの少女が答えます。少し声を低めて。
彼女らの周囲には、鬼火が空の星にも負けないくらい力強く燃えています。ある意味、これも美しい光景といえるかもしれません。
鬼火にかざしていた手を、雨に濡れて頬にはり付いた髪を剥がすのに使って、ベールの少女が言いました。
「でもまさか、敷地内には埋めないだろう」
その言葉にカチューシャの少女は、
「普通ならね、でも」
やっぱり小声で返してから、一息入れ、続けます。
「状態にも、よるでしょうね」
不意に、めらり。たくさんある鬼火の一つが小さく、震えました。
「まァな」
その異変に気付きはすれど、動揺する事はない少女達。
ぱちり。
その会話を打ち切らせようとするかのように、鬼火のいくつかが火花を爆ぜさせました。
雨が止まないまま、夕方が始まります。少女らの周囲のそこかしこで燃えている鬼火は、その暗がりの中で不気味に光っていました。
ベールを被った女子生徒が、ふっと顔を上げて天を仰ぎ見ました。
「怖いもんだねェ」
小さく呟かれた言葉。まるで雨に濡れそぼってしまったかのように、重く重く周囲に響きます。
「ええ。私達人間とあれらは、勝手が違うから」
「――対処に困るわ」
そう付け足された言葉は、ベールの少女のかんばせに自嘲めいた笑みを浮かばせます。
「されるがままだからな」
「どうにかならないものかしら」
溜め息混じりに零すカチューシャの少女に同意を示し、一度沈黙を置いてから、ベールの少女もどことなく憂いを帯びた声でぼやきます。
「人死だけでも、減ればいいのだが」
「全くだわ」
今度はカチューシャの少女が短く同意しました。
びゅううう。
突風がスカートやブラウスの襟を吹きつけていきます。しかし、空中で燃えている鬼火は微かに輪郭を揺らめかせただけで、意地でも定位置から動く気も消える気もないようでした。
雨が早朝から小さな音を立てていた、某日の午後の事です。
コンクリートが一切敷かれていない、大地が剥き出しになっているこの場所に、二人の女子生徒がのんびり佇んでいました。上着に着けてあるバッジの色と形からして、この学校の最上級生のようです。
彼女らの周りでは――おや。大きな玉ねぎサイズの炎が空中でめらめらと燃えています。別にこの二人が起こしたものではありません。怪火(かいび)というものです。それは青色をしていました。黒絹のベールで顔と頭の一部を隠した少女と、臙脂色のカチューシャをつけた少女は、蒼い炎にすっかりとり囲まれていました。
しかし、これと言って怖がるでもなく逃げようとする気はないようです。
「なァんだ。別段、怖くないねぇ」
ベールの少女が吐き捨てるように言い放ちました。彼女にとってすっかり期待外れで興醒めの結果だったようです。少女の毒舌など気にせず、目の前の鬼火はゆらりゆらりと静かに燃えています。
「――エリナ。鬼火って、一応科学的に分析、証明できるって知ってた?」
カチューシャをつけた少女は、友人が鬼火に手を伸ばすのを視界に入れつつ、静かに話し掛けました。
「へェ。どんな風にだい?」
鬼火により、手元と顎が淡群青色に染まったベールの少女は、カチューシャの少女の方に声だけを向けました。鬼火と友人をじっと見つめつつ、カチューシャの少女は自分が知っている話をはじめました。
「人体に含まれるある物質がね、肉体が死んだ事によって腐って気化し、ある一定の状態の空気中の成分と混じりあい、鬼火と成って現れるのだと」
「ふうん」
今度は鬼火を上から撫でるように手を掲げているベールの少女は、息と共に感嘆の相槌を打ちます。
「成ァ程。てことァこの辺にはなにそれの死体が埋まってるんだな」
「かもね」
ベールの少女の、(この学校においては)なかなか現実味がありすぎて笑えない冗談に、カチューシャの少女は短く同意を示します。
めらめら、めろめろ。
傍らで明明と燃えているものは――外見的には立派な炎でありますのに――近くにいても触れてみても、少しも熱を感じません。どうして燃えているのでしょうか。何を燃やしているのでしょうか。
人の魂、または天狗の使い火とも囁かれるその炎は、ただ、黙黙と燃えているだけです。
「――あちらの方で、死者を数名出してしまったという話は聞いたが」
唐突に、鬼火から手を離したベールの少女が別の話題を持ち出しました。
「ええ、二級生(高等部二年生)の方でも、行方不明者が出たようよ」
「手足は見つかったそうだけど……」
何かからはばかるように、辺りをぐるりと見渡してから、カチューシャの少女が答えます。少し声を低めて。
彼女らの周囲には、鬼火が空の星にも負けないくらい力強く燃えています。ある意味、これも美しい光景といえるかもしれません。
鬼火にかざしていた手を、雨に濡れて頬にはり付いた髪を剥がすのに使って、ベールの少女が言いました。
「でもまさか、敷地内には埋めないだろう」
その言葉にカチューシャの少女は、
「普通ならね、でも」
やっぱり小声で返してから、一息入れ、続けます。
「状態にも、よるでしょうね」
不意に、めらり。たくさんある鬼火の一つが小さく、震えました。
「まァな」
その異変に気付きはすれど、動揺する事はない少女達。
ぱちり。
その会話を打ち切らせようとするかのように、鬼火のいくつかが火花を爆ぜさせました。
雨が止まないまま、夕方が始まります。少女らの周囲のそこかしこで燃えている鬼火は、その暗がりの中で不気味に光っていました。
ベールを被った女子生徒が、ふっと顔を上げて天を仰ぎ見ました。
「怖いもんだねェ」
小さく呟かれた言葉。まるで雨に濡れそぼってしまったかのように、重く重く周囲に響きます。
「ええ。私達人間とあれらは、勝手が違うから」
「――対処に困るわ」
そう付け足された言葉は、ベールの少女のかんばせに自嘲めいた笑みを浮かばせます。
「されるがままだからな」
「どうにかならないものかしら」
溜め息混じりに零すカチューシャの少女に同意を示し、一度沈黙を置いてから、ベールの少女もどことなく憂いを帯びた声でぼやきます。
「人死だけでも、減ればいいのだが」
「全くだわ」
今度はカチューシャの少女が短く同意しました。
びゅううう。
突風がスカートやブラウスの襟を吹きつけていきます。しかし、空中で燃えている鬼火は微かに輪郭を揺らめかせただけで、意地でも定位置から動く気も消える気もないようでした。
作品名:経過(4/29編集) 作家名:狂言巡