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まつやちかこ
まつやちかこ
novelistID. 11072
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冬のある日 - one day, in winter -

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 「君がどう思おうと勝手だけど、でも誰を選ぶかは俺の自由だから。悪いけど」
 とは口にしたが、相手に対して申し訳ないと思う気持ちは完全に吹き飛んでいる。
 冷めきった声音に1年生女子は一瞬ひるんだ。が、すぐに負けじと「でも、わたし」と言いかけたので、かぶせるように続けた。
 「俺は彼女が好きだから。君とも、他の誰とも付き合う気は一切ない。一生ないよ」
 今度こそ相手は絶句した。それじゃ、と形ばかりの挨拶と立ち尽くしている1年生を残し、その場を後にする。
 講義棟の裏手から表に回り、道に出ると、彼女が手近のベンチに座って待っていた。建物の陰から自分が出てきたのとほぼ同時に、手にした雑誌から目を上げてこちらを見る。
 その目には不安げな色があった。さっきの1年生に声をかけられた時からまったく変わらない目。
 「お待たせ、友美」
 「……大丈夫だった?」
 と聞く声も妙に揺れていて、何を気にしているのかと考えたら言わずにはおれなくなった。
 「なに心配してんの。大丈夫、ちゃんと断ったから」
 自然に聞こえるようにと努めたのは、先ほどの会話(というよりは1年生の一方的な発言)を思い返したからだ。抑えていないと、つい感情的な物言いになってしまいそうだった。彼女の表情と声に、またもや彼女自身に対する自信のなさ、自己卑下を感じ取って、ほんの少し苛立ったせいでもある。
 大丈夫と請け負ったのにいまだ表情が変わらないのも、その証明だと思えた。だが迷うような間を置いて彼女が口にした言葉は、予想の範囲からはみ出したものだった。
 「えっと、そうじゃなくてあの子は? 泣いたりしなかった?」
 あ、と応じた後、少し黙ってしまった。
 「ーーああ、大丈夫。泣かなかったし、ちゃんと納得してた」
 もしかしたら納得してはいないかもしれない。だがあれだけはっきり言ったのだから、あの1年生がいかに自信過剰であろうと、見込みがないのはわかったはずだ。
 「そうなの? ならいいんだけど……」
 と言いながらもなお、気遣わしげに自分の後ろ、つまり先ほど1年生に請われて裏手に行った建物の方向を窺う彼女の様子に、心の中でため息をつく。
 なぜ彼女はこうなんだろう。
 場合によっては(もちろん万に一つもあり得ないことだが)彼女自身を脅かす相手なのに、その相手を心配してやるなんて。優しいを通り越してお人好しすぎる。
 彼女が気にかけてやる必要なんか、これっぽちもない。ろくに彼女を知りもしないのに自分の前で堂々とけなしてのける、非常識な女だったのだから。
 けれどこれ以上、彼女にさっきのことを話す気はない。話してほしいと頼まれたとしても。聞けば彼女が嫌な思いをするだけだ。
 だからもう、この件については何も言わない。
 「遅くなっちゃったな、急ごう」
 「あ、うん。でも学食もういっぱいかな、試験中だし」
 「席なさそうだったらなんか買うか……あ、裏の定食屋行こうか。俺おごるからさ」
 「えっ? なんで」
 「そうしたい気分だから。ダメ?」
 「……ダメじゃないけど」
 「よし決まり、じゃちょっと走ろう」
 と、足を速めながら彼女の手を握る。構内ではあまりそういうことをしないので彼女は少し驚いたような顔になったが、嫌がるそぶりはなかった。
 少し前なら、ぎこちなく手を外そうとするか、反射的に硬直してしまってそのまま、のどちらかがほとんどだった。だが今は、手をしっかりと握り返してきてくれる。自分から離れないように、離されないようにと。
 そんな変化が、あの日から数ヶ月経った今でもどうしようもないほどに嬉しい。自分への彼女の信頼を、想ってくれる心を、確かに感じられるから。