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まつやちかこ
まつやちかこ
novelistID. 11072
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冬のある日 - one day, in winter -

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『冬のある日 - one day, in winter -』


 好きです、と言われた後、しばらく言葉に詰まった。どう答えようかと思ったのだ。
 いや、正確に言えば答えは決まっている。ただ目の前の女子の意図が読めなくて、どういう言い方をすべきなのか迷った。
 誰なのかはいちおう知っている。自分が所属しているフットサルサークルに、去年入ってきた1年生だ。マネージャー見習いだったが、一身上の都合とかで半年もしないうちに辞めていて、それ以降今まで、顔を合わせたことはなかった。
 正直、とっさには名前も思い出せなかったぐらい忘れかけていた相手なのだが、それでも、にべもなく断るという真似をするには気が引ける。自分は全くその気がなくても、差し出された好意を押し返すのはいつでも気が重くなるものだ。
 と同時に、なぜこのタイミングで言ってくるのだろうと思う。後期試験中の昼休み、という時期的な状況もだけれど、それ以前に、彼女と二人で歩いている最中に声をかけられた。彼女とのことは、まあ諸事情あってサークルの全員に知られてしまっている。だからこの子も、知らないわけではないと思うのだが。
 「えーと、ありがとう。でも彼女いるから」
 ともあれ、結局は決まっている答えを言うしかない。相手の落ち込む、もしくは泣く反応を予想してやや身構えていると、うつむいていた女子学生は勢いよく顔を上げた。
 「知ってます」
 と言った相手の目はやけに強気で、挑戦的にすら見える。涙や落胆の気配は少しも見あたらない。
 「なんでですか?」
 「は?」
 「なんであの人が彼女なんですか。あんな地味な人ーー全然美人じゃないし、名木沢さんにふさわしくないです。わたしの方がずっと可愛いと思います」
 あくまでも真剣に、熱を込めて言われた内容に対して、とりあえずは無言でまばたきを繰り返して応じる。そうしてからあらためて1年生女子を見た。
 確かに、見た目は可愛いと思う。自分は特に面食いではないけれど、完全にフリーの状態だったら少しは心が動くかもしれない、そう考える程度には。
 もっとも、現実にはどう転んでも仮定の話にしかならないが。彼女以外の女子とどんな形であれ付き合うつもりはーーどんなにきれいな、いい女だろうと好きになるつもりはないから。
 ふと、数ヶ月前の、彼女との会話を思い出した。

 「聞いていい?」
 「……なに?」
 「本気で、絶対好きになってもらえないって思ってたの」
 去年の誕生日、彼女と初めて一緒に過ごした夜。
 気持ちを確かめ合った後、一緒に少しだけ眠って、まだ暗いうちに目が覚めた。4時か4時半ぐらいだったような気がする。
 彼女が同時に起きた、もしくは先に起きていたのは、自分が腕を動かした時に聞こえた呼吸の音でわかった。緊張がよみがえったのか少し縮こまっていた彼女の体を、あらためて両腕で抱き直してから、そう聞いてみた。
 「なんで、そんなこと聞くの」
 聞き返す声音がぎこちなかったのは、やはり緊張と、恥ずかしさがまだ少なからずあったからだろう。自分も正直、その時は少々恥ずかしいというか照れくさい気分だった。お互い何も着ていなかったし、そんな状態で体を密着させていると、どうしたって数時間前のことが頭に浮かんでしまう。
 だから、照れを隠す意味もあったかもしれない。
 「聞きたいから」
 正しく言えば、もう一度聞いて確認したいから、である。本格的に事を始める前、彼女が自分から言ったことを忘れていたわけではないし、本気でそう考えていたのだろうとも思う。けれどもう一度、彼女の言葉で確かめておきたかった。
 しばらくの沈黙の後。
 「思ってたよ。言ったじゃない、さっき」
 「ん」
 ごめん、とささやいてもう一度腕に力をこめると、彼女の肩が驚いたように震えた。じわじわと上がっていく体温が彼女の心情をはっきり伝えていて、いとおしく感じた。おそらく顔も真っ赤だったに違いない。
 「じゃ、今は?」
 再びの沈黙。しばらく待ってみても状況に変化はなく、代わりにというか、腕の中の体はこれ以上は無理なぐらいに固まってしまった状態。胸に押しつけられた額や頬は、熱いと言えるほどに熱を持っていた。
 答えたくないのか、もしくは答えられないのか。どちらにせよ、最大限に恥ずかしがっている心情が全身で感じられて、この上なく彼女が可愛いと思った。
 その時の表情も見たかったけれど、たぶん頼んでも見せてくれない、恥ずかしくて彼女自身は見られたくないだろう。
 そう思ったから、頬をすり寄せるように顔を近づけて、彼女の耳にささやく。
 好きだよ、と。
 固まっていた彼女の体がかすかに震えた。ぎこちなく、ゆっくりと動かされた手が、遠慮がちにこちらの腕に添えられる。直後、彼女を力の限りに、きつく抱きしめた。
 「他の奴が何て言っても、俺は友美が好きだから。それは信じてほしい。いい?」
 ふぅ……と息を吐く音と、小さく鼻をすする音が耳元で聞こえた。そして頬に感じたわずかな水の感触。
 流れた涙をぬぐうより先に、うん、と彼女が小声で、しかしはっきりと答えた。
 答えてくれた。

 彼女がどうして、あんなにも自信のない様子を見せる時があるのか、よくわからない。付き合い始めてから1年ほどは、まあこれは多分に自分のせいでもあるが、付き合うこと自体にひどく遠慮がちというか常に落ち着かないふうだった。
 今でこそ、友人の頃と同じく屈託のない、時にはもっと楽しそうな表情を見せてくれるようになったけれど、それでもどこか、自分なんかと思っている節がある。美人じゃないし真面目なだけが取り柄とも言えないぐらいのつまらない人間だと。そのことには以前からなんとなく気づいてはいた。
 小学校からずっと同じ学校だから、彼女に対する周囲の評価は聞くともなしに耳に入っていた。中学に入学して以降の彼女が必ずしも受けが良くない、特に男子生徒の間ではそうだったのも見聞きしていたし、自分と付き合い始めてからは、ことさらに彼女を「地味な堅物女」と評したがる連中がいるのも知っていた。目の前の女子学生のように。
 確かに客観的に見れば、彼女は誰もが認めるような美人というタイプではない。真面目さも少々、いや場合によってはかなり、かたくなだとも言えるレベルだろう。実際そんなふうに遠慮なく言う奴はどこにでもいたし、彼女に直接言う連中もいたに違いない。
 けれど個人的には、それを不快に思ったりしたことは一度もない。彼女の思いこみが強すぎるのを、気がかりに思ったことはあるにせよ。
 自分がどれだけ、彼女の持つ真面目さに安心させられているのか、きっと彼女は知らないだろう。どこまでも真面目で考え方が真っ直ぐすぎるからこそ、どんな時でも真摯で誠実で一生懸命でいる、そういう彼女を好きになったのだということを。
 だから、彼女を誰よりも可愛いと思う。彼女と一緒にいると、心の底からくつろげて安心できる。
 だから、彼女をいとおしいと思うのだ。

 「ーーだから、あんな人じゃなくてわたしの方が」
 言いつのっていた1年生が言葉を止めたのは、こちらの表情の変化に気づいたからだろう。自信過剰で視野の狭い子だが、鈍いわけではないらしい。