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Yと楽しい草の話

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初夏の夕空の下、血管のように走る大きな国道。
そこをあたかも赤血球のように走り抜ける、一台の真っ赤なオープンカーがあった。
「兄ちゃん、こんな車どっから借りたんだよ」
「知り合いだ、知り合い。いいじゃねぇか、普通の乗用車じゃ上の花が押さえられて窮屈なんだから。それに無駄にかっこいいだろ?」
「無駄にな」
「本当はアルファロメオとかに乗りたかったんだけどよ」
「あれ二人乗りだから無理だろ」
直樹は汗ばんだ体が風になでられるのを心地よく感じながら、シートに身を預けた。
この妙な植物が生えてからはや一週間。世界中は花が咲いた人類だらけになってしまった。テレビや新聞はこの謎の大騒動で沸き立ち、学会とかは対策はどうなんだとかあーだこーだ難しいことを言いまくっている。
しかし、この八坂一家ときたら。
「あたしいやぁよ、こんな消防車みたいな車に乗せられて、見なさいよあそこの一家、あたしたちのこと笑ってるわ!」
「明日にゃ俺たちと一緒になってんだ、いいじゃねぇか夏樹」
「んもう祐樹お兄ちゃんまで!」
「そうだぜ夏樹、こんな面白いことになっちまったんだ、笑いたい奴には笑わしておこうぜ。いやー世の中面白い連中だらけになっちまったなぁ!」
そう言うと弘樹はグハハハと大笑いし、交差点を遠心力の赴くままにカーブした。
どうせこの兄貴は、自分の姿を見てもっと頭が春な連中が増えればいいと踏んでいるのだろう。こいつも中々春度の高いテロリストである。
「ちょっと!むちうちになったらどうしてくれんのよ!」
「弘樹!カーブは減速してから曲がれって車校で言われなかったのかよ!」
「うるせーっ!黙って乗ってな!」
「なぁなぁ、弘樹兄ちゃん」
弘樹は返事だけよこした。さすがに運転中は前を向いておかなければなるまい。
「長岡が言ってたじゃん、皆に共通点ができりゃ、世界がどうのこうのってさ」
「馬鹿だなーそいつ、共通点がいきなり出来たくらいで人類が平和になったり世界が変わったりするだったらワケないぜ。まぁ、一時は連帯感も出るかもしれねぇけどよぉ」
「あらっ、でもたまに自分と同じ花が咲いている人を見かけると、話しかけたくなっちゃうわよねぇ、この間もそうだったの」
「ま、その長岡ってやつがいったい何やりたかったのか俺にはよくわからんけどよ、そいつ中々面白いことしたんでねぇの?」
「でも、どうせ見慣れたらまた元通りなんじゃね?」
「そんときゃまた変な薬使って、妙な特徴作ってやりゃいいのさ。少々ハタ迷惑ではあるが、俺はこういう馬鹿は好きだぜ。少年の理論はそんなんでいいのさ」
「呑気ねぇ、弘樹お兄ちゃんは」
「柔軟性に富んでいると言ってくれ」
「それが過ぎてるからうちの家は全員ちゃらんぽらんとか言われるんだよ」
「それもそうね」

車はどんどん走り抜けていく。手鏡に映る頭を見ながら何とも言えない表情で沈んでいるいつぞやの女子高生たちも、何がなんだかよくわからなくて微妙そうな表情で仲間たちを見ている下校途中の小学生も、主婦もサラリーマンもニュースキャスターも芸能人も、様々な花が咲いていながら、それでも適当に日常を生きている。

通り過ぎていく街並みのその中に、直樹は見慣れた顔を見つけた。
「おーいっ、東野!原!城也―っ!」

今しか見れない透明な現実の中、初夏の優しい夕暮れの中に、その声も花々も何もかも優しくくるまれていったのだった。
《華麗にうやむやそれでも終幕》
作品名:Yと楽しい草の話 作家名:なさき