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不可解な出来事

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 彼は、その福袋をもらおうと並んでいる列の人々に沿って車を動かしているが一向に進まない。少し人目を気にしながら、これが現代のお正月風景だと思った。これもレジャーで、時代をよく現わした風俗だ、などとも考えていた。この『L』の大きな駐車場だけでも五百台はゆうに止められる広さなのに、いくら奥に向かっても、その余地など少しもなかった。。そこでとうとう裏口の出口まで来てしまったので、これからどう行動するか選択する必要が迫った。前の車は次々と、出口から隣りの農道に出て、再び入り口に向かってスピードを出している。彼は出口の前まで来て、さらに『L』の営業車の止めてある舗装されてない奥へ行こうと考えた。いったん農道を出て、すぐにUターンする形で、そこに入ると、道はぬかるんで、帰りが心配な行き詰まりの駐車場だった。しかし彼はアクセルを踏んだ。すると、そこの入り口の始めの左側に駐車している車が、ちょうどこちらにヘッドを向け、彼の進行する方向と真向かいになって、中にいる運転手と顔を合わした。意外にも同じ部落の同年のOだった。彼はこの場所の、この偶然な出会いに、「今日は何だ」とあいさつがわりの声をかけた。
 「やあ、女房が買いたいものがあるからと言って今『L』へ行ったが、自分はここで待っているんだ」と言った。
 若干、不自然な態度になった。Oがここで女房の帰りを待って、彼が買い物に行く決定的な身の違いが、独身男というレッテルをあいまって、きまりの悪い思いをした。
 しかもOについては、二十歳の頃草野球のチームを一緒に組んでいて、Oがその当時「おれは絶対にプロ野球の選手になってみせる」と盛んに言っていたのを覚えていて、いつだったかの同年会の席で、彼の独り身の説明を「男がプロ野球の選手になると言ったからにはどうしてもならなければならないのだ」と背負い投げたいきさつもあった。
 彼は後ろの車の都合を考えたことにして、それだけの言葉を残して先へ進んだ。結局最後に車を止めることが出来た。

 (五)

 『L』ではフラワースタンド(九百五十円)と、工具箱(六百円)、それに自動車用ブースター(九十八円)と小銭入れ(十円)を買った。冷たい風が出てきて、ふるえながらそれをトランクにしまうと、暖かくなった車内でゆっくり方向転換の作業をする。あれから一時間以上たって、もう正午をまわったと思うが、先ほどよりかなり駐車場がひけてきた。
 彼は凹凸のはげしいぬかるんだ道をゆっくり走らすと、出口のところですぐにOの車がまだ止まっているのに気がついた。ちょうどほかの車に道をあけているようなところだった。
 さっきは気づかなかったが、Oの車はセリカリフトバックの白だった。彼はそのOの車に近づくにつれて、今度は何を言おうかとちょっと考えた。と同時に、Oは車内のバックミラーで彼の車を発見したのか突然動き出し、出口の農道を出て隣りの喫茶店の駐車場に乗り込んだ。すると、そのOの車を追いかけるような形で出口まで来た彼の車のフロントガラス一杯に、Oの横顔が前面に映し出され、彼の方へ振り向かず前方を注視するような姿が眺められた。彼はちょっと無視されたような気がした。
 
    『セリカリフトバックが動き出した。それはまだ修美がそこに車を
     止めて女房を待っているだろうかという予測と、いるという発見
     と同時に、動き出した。自分は修美の車を追うような気持ちで近
     づくと、車は右に折れ隣りの喫茶店へ乗り込んだ。すると運転席
     の修美の横顔が前面にまともに眺められ、先ほど言葉を交わした
     ところなのに自分の存在がわからないはずがない。実際自分の車
     をバックミラーで認めたからこそ道をあけただろうに、それなの
     に修美はこちらを振り向かず、まるで自分を無視するかのように
     思えた。少し首をかたむけ真顔になっている自分の表情が知れる』

 彼が無視されたように感じたのは彼の一人相撲だったかも知れない。あるいはたとえそうだったにしても、Oの好意から出た行動だったかも知れない。
 
 しかも彼は、確かに自分の車を発見してから動いたことは間違いなかったと思って、それ以外信じて疑う気など少しも起こらない性格なので、これまた自分がいまだに独身でいることと関係があると思ってしまった。

 彼は、この一瞬の出来事に、強い不可解な気持ちを残して、暮れから起こり続けたことを再び確認する思いで、車を自家へと走らせた。(了)

作品名:不可解な出来事 作家名:杉浦時雄