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花狂い京女

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 「絶頂ていうか、エクスタシーていうか、二人の一体感がなかったらパリで暮らされへんかった。うちはハッサンと暮らしたから名器になったん違うやろか。日本人と暮らしてたらあんなに真剣にセックスせえへんもん。」
 女の「名器」にKは勿論、宮司も満足したが、ハッサン仕込みの女を還暦近い宮司や若いKが満足させたかどうか、それは分からない。
 「満開桜のせい」とは次のようなことである。
 「桜の季節になると何や身体が火照って、胸がドキドキしたり、涙がポロポロ出たり、身も心も昂ぶるねん。お医者さんは不定愁訴やいいはるけどまだ三十やし、いくら何でも更年期は早いしよう分からん。」
 「K君は浅黒うて奧目やろ。どことのうハッサンに似てるから、切ないていうか、疼くていうか、時々矢も盾もたまらず会いとうなるねん。」
 「K君に抱かれるとすぐハッサンモードになってしまうんや。とろけるていうか、メロメロになるていうか・・あの最中は何もかも吹っ飛んでしもうて、宇宙の波間を漂う感じで、それがギューッと収縮する時は凄い快感が来る。ア~ッ!ハッサンの波や思うて・・それが何回も何回も押し寄せる。」
 Kは持久力があったから、女がハッサンの波に襲われるのを見届けることが出来た。半眼のまま女がヒ~ッと海女のような喉笛を鳴らす時がそれで、「ハッサンの波」は何度も何度も押し寄せたのである。
 女の激しい昂ぶりは満開桜の頃がピークであった。
 ハッサンであれ、満開桜であれ、女の昂ぶりに尋常ならざるものがあった。微熱は癌の再発かもしれないと注意したが、女は定期検診を受けているから大丈夫だと安心していた。
 ところが梅雨に入ると、女の連絡がプツンと途絶えた。
 女の異常な昂ぶりが気がかりだったから、Kは「もしや・・」と危惧(きぐ)した。噂では体調を崩して入院したとのことであった。女の不定愁訴は癌の予兆だったのかもしれない。あの異様な昂ぶりは死と隣り合わせの最期の燃焼だったのかもしれない。入院先を宮司に聞く訳にいかず、女のことを心配する日々が続いた。
 そんなある日、Kは偶然女に出会ったのである。

                     七

 雑誌の依頼で西陣の町並みを撮影していた時である。
 撮影は陰影の際立つ斜光時がベストだから、夏の陽射しが45度に傾きかけた頃であった。七月の空は抜けるように青く、オレンジがかった斜光が地上に刺さっていた。降り注ぐ陽射しは地上の事物を露わにする。町家の板塀も、格子戸も、水壺も、朝顔も、暖簾も、全ての事物が鮮やかな陰影で己の存在を主張していた。
 その時、路地奧から日除け帽を被った女とハンチングの男が出てきた。日除け帽の女は白地に紫のお洒落なワンピースを着ていた。ハンチングの男は大柄で貫禄があった。二人は如何にも親しげで、男の手は女の腰にあった。
 黒塗りのハイヤーが横付けになり男が乗り込んだ。女は帽子を取ってにこやかに振った。Kはあれっ!と思った。
 「髪はショートだが、あの瓜実顔は入院中の女ではないか!」
 頭に血が昇った。
 「あの女、元気じゃないか!あの男は何だ?」
 思う間もなくKは走り出した。女は路地奧に戻ろうとしていた。
 「お~い!」と声をかけた。
 「まあ、K君!」
 女は驚いて立ち止まった。駆け寄ると顔を済まなさそうに曇らせた。
 「連絡しなくてご免ね・・体調を崩してたんよ、もう大丈夫!」
 Kは息咳ながら尋ねた。
 「大丈夫って、入院してたんだろう?再発したんだろう?」
 女は怪訝な顔をした。
 「再発??」
 首をかしげてクックッと笑いだした。
 「もしかして、癌のこと?」
 女は笑いを堪え(こらえ)ながらKの手を握った。
 「それは大丈夫!・・ここで詳しいことは言われへんし。」
 媚びる様な表情になった。
 「伯母さんが待ってはるから、後で必ず連絡するから待ってて・・」
 そう告げるなり、手を振り切って路地奧に去って行った。Kは唖然としていた。地団駄踏んだ。
 「クッソ!またかよ!」
 二十歳の頃の年上女のトラウマが蘇った。
 
                    八

 鴨川の土手桜ホテルで密会するのは三ヶ月ぶりだった。
 濃緑の桜木立の向こうで清流が初夏の光を弾いていた。涼やかな川風が駆け上がり繁った土手桜を揺らした。葉桜がサワサワと音を立て、木洩れ日が揺らいで万華鏡のようにきらめいた。女との密会も目くるめく万華鏡ようであったと思った。
 冷房の効いた暗い部屋で白いワンピースが映えていた。女は明るく爽やかで自信に溢れていた。余程嬉しいことがあるのだろう。あのハンチング親父のせいだろうか?Kは思わず詰問した。
 「あのハンチングは誰だい?」
 女は一瞬真顔になり、「もしかして・・」と笑いだした。
 「K君って、あの人を疑うてるの?・・以前言わへんかったやろか?うちの伯父さん、親代わりの人よ。あの人のおかげでうちは結婚出来たんよ!」
 眼差しが希望に溢れている。
 「だ・か・ら」とKの鼻を突いた。
 「お目出度の報告に行ったんよ。」
 「お目出度って?」
 Kが驚くと目を輝かせて叫んだ。
 「お目出度よ!赤ちゃんが出来たの!」
 「エ~ッ!もしかして??」
 Kが思わず口走ると、悪戯(いたずら)っぽく微笑んだ。
 「心配せんでエエんよ。主人の赤ちゃんやから、赤ちゃんは主人のものに決まってるでしょ!」
 そう言うなり女は抱きついてきた。嬉しいのだろう、込み上げる喜びに言葉が途切れた。
 「うちは無茶してきたから、赤ちゃんは出来へんと思うてた。・・欲しかったけど無理やと諦めてた。・・そやから夢みたい、信じられへん!今度こそ絶対産むんやから!」
 甘えるようにKを見つめた。瞳が涙で溢れている。
 「ご免ね・・つわりがきつかったし、安定するまで入院してたんよ。だから会えられんかった。」
 Kはホットして慰めた。
 「良かったな~もう大丈夫か?」
 「もう大丈夫!元気な赤ちゃんを産むんやから!十八代目を絶対につくるんやから!K君も祈って・・」
 それから先は言葉にならなかった。肩を震わせて泣きじゃくった。女が泣くのを見るのは初めてだった。女を可愛いと思った。
 これを最後に女との密会は終わった。
 女から憑き(つき)ものが落ちたように欲望が消えた。全関心、全エネルギーがお腹の子供に向かいだした。よく食べ、よく喋り、見る見るうちに太っていった。大きな腹で相撲取りのように歩く女に、以前の楚々として淋しげな風情は微塵(みじん)もなかった。力強い母性のオーラが立ちのぼっていた。
 「女は弱し、されど母は強し」である。
 翌年の春、女は元気な男児を産んだ。息子を産むことで、女は神社を十八代目に繋いだ(つないだ)。一家離散で根なし草だった女は、千年以上も続く神社にしっかり根を張ったのである。

 三年ほどして突然、宮司から七五三の祝い物が届いた。
作品名:花狂い京女 作家名:カンノ