吾輩は化け猫である
瑣談
吾輩は化け猫である。名前はまだ無い。
どこで生れたかとんと見当がつかぬ。何せたんと昔の事であるが故どれほど首をひねくってみたところで思いに至る物事などはない。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。
吾輩とてこの世に生を受けしその刹那から化け猫であったわけではない。
有り内な猫であった頃は行住坐臥(ぎょうじゅうざが)、行屎送尿(こうしそうにょう)ことごとく真正の日記であった故それらを逐一記憶などしているはずもなく、ましてやこのように回顧などしてみようとは露とも思っていなかったのであるから、それについてかれこれ云われたところで吾輩にはいかんともし難い事象であるということを是非とも念頭に据えて貰いたいと思うのである。
比較的鮮明に語ることが出来そうな物事と云えば、吾輩が魔性を帯びて化け猫となった経緯ぐらいのものしかないのであるが、人間がそのような陳腐な物語などに興味を抱くはずはあるまいと思い敢えて語ることもせず今日という日まで黙し続けてきたのである。
何故今日という日にそのような話をする気になったのか、などという質問は尤もなものではあるがいささか雅に欠ける問いとなるが故、出来れば声にして発することなどせずその胸の内に留め置いて貰いたいと思うのである。
前置きが長くなる一方で心苦しくはあるのだが、なにせ吾輩自身の話を人間に語った経験など髭の数程も無い事である故、吾輩とて心臓が平時よりも烈しく鼓動しておるのだ。少しばかり多弁になってしまうことには目を瞑って貰いたいと思うのである。
さてさて、雲が流れて月明かりも差してきた。そろそろ頃合いであろう。
話を始めようと思うのであるが、そちらの準備は万端に整っておろうか?
まだであるのならば、吾輩はここに座して待っておる故、慌てずにゆるりと準備を整えて貰って構いはしない。
そうさな。
月明かりでも浴びて心を落ち着けるのも一興やも知れぬ。
準備が整ったのち、吾輩の話を聞いて貰いたいと思うのである。
ん? もう良いのか?
それでは。
これはもう何十年と昔の話であるが……