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未知なる扉はここですか?

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ちゃきちゃきと話を進める姉貴に、ただ俺は試着室の中で茫然と佇んでいた。はたして今のは本気で言われたことなのだろうか?それともお世辞?お客相手だから?でもあの言葉と表情ではまるっきりそんな感じには見えなかった。

まさかとは思うが…

「ほらっいくよ」

会計を終えた姉貴が手招きしながら俺を呼ぶ。ふと試着室内を見れば俺の脱いだ服と靴がない。あるのは黒のパンプスだけ。

(なんでこんなに手際いいんだよ…)

姉貴を怒らすとほんとにとんでもないな、と軽く身震いしながら恐る恐るパンプスに足を入れた。今まで履いたことない硬い質感に俺は思わず戦く。本当にこれで歩けるのだろうかと不安になった俺は、店の入り口でこちらを見ている姉貴に視線で助けを求めた。それに気づいたのか、姉貴は顔を渋らせながらこちらにツカツカと歩み寄ると、俺の脇の下に手を入れ、店員さんににこやかに笑ってから俺のペースなど気にせぬ速さで歩き始めた。わわっと情けない声を上げながら俺は足を踏み出す。いつもと少し違う視線の高さ、靴の音、履き辛さに加わって歩きにくいときた。下を見ながら歩いている俺に「ちょっと…」と姉貴に肘で小突かれる。

「む、無理っ…。よくこんなの履けるな…」
「慣れれば平気よ。こらっ…蟹股にならないでよ!つま先は前に向ける!踏み出す足は体の中心らへんになるようにバランスとってっ」

こうだよっ、と隣で手本を見せられ慣れないながらも真似てみる。なるほど、足は痛いが少しは様になった気がする。

「そんでもって下見ないっ!しゃきっと背筋伸ばして堂々としなさい」

空いた手で背中を叩かれれば言われた通りの姿勢になる。途端に、街の景色や行きかう人々が視線に飛び込んできた。恥ずかしいといって試着室から出られなかった俺は、嘘みたいに普段通りに街中を歩いていた。いつもと違うのは、服装と、髪と、靴だけ。それなのに。

「…ねぇ?気づいてる?」

暫く無言で歩き続けていた姉貴が、小さく隣で囁いた。

「誰もあんたを男だって気づいてないんだよ。…むしろ」

言葉がそこで途切れても、姉貴が言いたいことが嫌でも分かってしまった。
先ほどから妙に視線を感じる。今までに味わったことのないものだ。同じ街中を、横を通り過ぎる男達が、なぜか自分たちを横目で見ながら通り過ぎていく。また一人、また一人と。誰を見ているのか気づいた途端、俺は全身が粟立った。

「美人の友達が言ってたんだ」

掴んでいた俺の腕を離し、前を向いたまま姉貴は喋る。

「すんごい綺麗に着飾って歩く街中は、めっちゃ気持ちがいいんだって」

他人事のように話すのは、それが自分では体験しうることのないことだからか。何も言えない俺だったが、言っていることはとても実感し得ることだった。

そう、俺は今まさに、とてつもない優越感に包まれていたのだ。



――――そして、これが俺の趣味になってしまうのは当然のことだった。