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2011年のマーブルマッドネス

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 ある暑い日の夕方、ちょっと変わった出来事が起きた。
 見覚えのない、サラリーマン風の男が入店してきたのだが、マーブルマッドネスの筐体を見つけたかと思うと、
(え……、まさか。いや、こんなところにあるなんて……)
などと呟き、とたんに落ち着かない様子で、店内のレトゲを冷やかしつつ、うろうろとしだした。
 その後もしばらく店内をさまよっていたのだが、何度か近くを通るたびにマーブルをちらちらと見ていった。
 時には、隣のダライアスの人だかりに混ざりつつ、マーブルを見てみたりもしていた。
《気になるなあ。なんか私のこと見てるよなあ》
 メイドも視線が気になるのか、デモ画面の青いビー玉が、PRACTICE RACE(ステージ1)なのに何度も何度も、屋根から落ちる雨粒のように落下していた。



 そんな微妙な空気が続き、数十分。
 ようやく男が彼女の前に立った。少し緊張しているようにも見える。
《やっと来た……。おかえりなさいませ、ご主人様!》
 メイドは少し安心し、誰が聞いているわけでもないが、まずはお出迎え。新しいご主人様(おわかりかとは思うが、お客様のことである)だと気持ちもリフレッシュされるものだ。
そして、自分の目の前に立つ男について考えてみる。
《やっぱり私が目当てだよね。あんなにちらちらと見てたんだし》
 まんざらでもなさそうである。フリルのついたスカートの裾をちょっと整える。
《でも、ということは、熟練者かな》
 マーブルがそう思うのは自然なことだ。彼女に興味を持つ者といえば、二十数年来のファンであり、熟練者くらいなものである。たまに若者達が物珍しそうに眺めてはいくが、プレイしていくほどの興味はないようだ。

 男がコインを投入。ゴーンという甲高く、しかし低音の効いたクレジット音が鳴る。
 スタートボタンが押され、PRACTICE RACEが始まる。
 トラックボールをころころと転がすと、画面上の青いビー玉がそれに応えてころころと転がる。
《ずいぶんとゆっくりなスタートだな……え!?》
 スタート直後のバーにゴン!と当たったかと思いきや、男の操作するビー玉が、崖から落下したのだ。
《ええー! そんなとこで落ちる普通!?》
 その後もよろよろ、ころころとコースを進み、なんとかゴール。残時間は三十秒。所有時間の六十秒中、普通は五十秒くらい残してゴールできるものだ。
 そんな調子でステージ2 BEGINNER RACE開始。
 やはり、幾度となく落下し、割れ、箒で掃かれ(ここがマーブルが一番の見せ場と思っている場面である)、食べられる。道中前半程でタイムオーバーとなり、ゲームは終了。
《うーん? 調子悪かったのかな? 私としては久々のお仕事で楽しかったんだけど。どうせなんだしもう一回プレイしてくれないかな、ご主人様ぁ?》
 気分的には上目遣いで誘ってる感じのマーブルである。
 幸い、周りに見物客もいなかったので、男はすんなり連コインした。
《さて、さっきのは調子が悪かったのか、それとも……》
 興味津々なマーブルである。

 再プレイのPRACTICE RACE。今度はすんなりとゴールする。
《でもおかしいな。普通はジャンプして点数稼ぎに行くもんだけどな》
 若干疑念を抱きつつBEGINNER RACEへ。
落下。割れ(箒で掃く)。落下。落下。落下。細い道がどうしても進めず、またしてもタイムオーバー。
 響くゲームオーバーの悲しげなショートサウンド。
《え? うーんもしかして、というか、これは確実に》
 そう、確実に。
《この人、ものっすごく下手だ――》
 だが、まだ止める気配はない。小銭を取り出し連コイン。
《へえ、まだ遊んでくれるんだ! 根気あるなあ》
 ドレスの腕をまくり、ここ数年でまれに見る使用の多さとなった箒をばさばさと払った。