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ゆく河の舟で三三九度(第四話)

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 どうして今日という日がくるまで、この写真が現像されてこなかったのか。その理由らしきものを房子は笹岡から聞いていた。そしてその後、健二の口からも聞いていた。
 笹岡の言い分と、健二の叙述は微妙に食い違っていた。それは観察者と当事者の立場の違いからもたらせるものだったのだろうか。
 どちらがより事実らしいか。それを房子は関係ないことだと思っていた。健二の言ったことが、房子にとっての真実だ。房子は健二の人生を自分の人生の一部にすると決めたのだから。
 しかし、その逆はどうなのだろう。
 健二もまた、笹岡から房子の人生を聞いているはずだ。でも、房子自身の口から健二に話したことはまだない。健二はあの生い立ちと、今の房子を見て何を思ったのか。房子は、健二に訊くことができなかった。
「あなたが黙っていても、私は責務として、あなたの生い立ちはすべて調べ、先方に伝えます。そうでなければ、公平ではありませんから」
 房子はそう言った笹岡の言葉を思い出していた。少し息巻いたあのときの口調で、老けてるようにも見えた笹岡が、実はまだそう歳はとっていないことを房子は直観した。しかし笹岡さんは、いったいどこまで調べ上げて、なにを健二さんに伝えたのだろう?
 柱時計が一度鳴った。十一時半だ。房子は立ち上がった。一日が山を越す前に、昼食の準備に取り掛からなければ。手早く写真を片付けて、箪笥にしまう。
(どの道、私にあるのは今だけだ)
 房子は頭の中でそうつぶやいて台所に出た。鍋に水を入れ、湯を沸かす。
(健二さんが知っていようと、いまいと、私にあるのは今だけだ。今、私が目の前にあるものを信じられなかったら――)
 房子は青いガスの炎をうつろな目で見つめた。
(こうして生きている意味だって、私にはないんだから)

(第五話へ)