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【サンプル】【創作】エチュード

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本文サンプル
「かすみちゃん」より

 この傘に、かすみちゃんとふたりで入った。
 痩せて背が高くて、あまり多くの言葉を口にしないかすみちゃんは、木で言ったら柳のような、薄い感じがあった。それでも、同じ傘に入るほど近づけば、気配が濃いものだと、当たり前のようなことをそのとき思っていた。かすみちゃんの頭はわたしの頭より半分出るくらい上にあって、わたしは自分が深さのある傘を持っていたことに安堵した。
 日頃から好んで同じ傘に入るような馴れ合い方でもって、かすみちゃんと仲良くしていたわけではなかった、と思う。あのときだって、急な雨に降られて、かすみちゃんが傘を持っていなかったせいで、いっしょに入っただけだった。あちらがどういう基準でわたしに接していたのか、正確には、よく分からない。わたしといっしょに学校から帰ったり、その途中でいっしょにファーストフードに寄ったりすることが、かすみちゃんにとって、ほんとうに楽しかったのかどうか。
 ふたりで雨に降られたことは、それよりもっと前にもあった。そのときには傘がなかったから、商店街のマクドナルドに入って時間を潰した。かすみちゃんはカウンターの席にひとりでいる四十代くらいの女の人を見ていた。アイスコーヒーを飲みながら、細い目をやぶにらみにして、じっと眺めていた。あんまり眺めるので、なんだか悪い気がして、かすみちゃんやめなよ、と声を掛けた。
「服」
「え?」
 かすみちゃんはもう一度服、と言って顎をしゃくった。わたしは女の人の方をちらりと見た。女の人はチャコールグレーの長いワンピースを着ていた。左右非対称の、変わったデザインだった。右側の、足先まである長い裾の先が、雨に濡れて黒く染まり、しずくを落としていた。
「服かわいい」
 言ってかすみちゃんは薄く笑った。
「歳行ったらああいうカッコしたい」
 かすみちゃんは脚を組み直して椅子の背にもたれた。
 そのころ、かすみちゃんはちょうど髪を短く切ったばかりだった。いきなり、ほとんど刈り上げのような短さになったので、わたしは驚いた。そういう女の子を見たことは、それまでなかった。そのせいで、かすみちゃんのことが、いつもよりも少し怖いような気がしていたのだった。
 下を向いてコーラを飲んだ。下ばかり向いてしまうせいで、トレイの上の広告チラシを覚えるほどよく眺めた。ポテト百円。限定メニュー。チャリティ事業。カロリー・栄養情報はホームページでご覧いただけます。
「それ好きなん」
「なに?」
「いつも読んでる」
 水滴のついたカップが視界に入ってきて、チラシをとんと小突いた。しずくが垂れて、ポテトの写真を濡らした。
「……好き、ではない」
 読み上げるような答え方になってしまったと思った。顔を上げると、かすみちゃんはまた薄笑いを浮かべていた。
「ウケる」
 笑うと、細い目の下の涙袋が、きわだつのだった。