都市伝説で10のお題 01.どうしていつもマフラーを
ある冬の日に僕らのクラスに転校生がやってきた。
「はじめまして、姫宮亜香音です。よろしくお願いします」
その転校生、亜香音ちゃんはとても可愛い子だった。黒いロングストレートヘア、ぱっちりした二重の瞳、小鳥のさえずりのような声、白くほっそりとした手足。僕は一目で心を奪われてしまった。亜香音ちゃんは何故かどんな時でも赤いマフラーを着けていた。ただの寒がりかと思っていたけれど、違った。彼女は暖房をかけすぎた暑い部屋の中でも頑なにマフラーを外さなかった。
クラスメイト達は最初の頃こそ変わり者の彼女に興味津々だった。休み時間の度に彼女を囲んで質問責めした。でも、彼女は驚くほど無愛想だった。誰が彼女に話しかけても何も応えなかった。世界には彼女一人しか存在しないようだった。そのうち、亜香音ちゃんはクラスの嫌われ者となった。
僕は彼女に近づくことすら出来なかった。他のクラスメイトと同じように拒絶されるのが怖かった。ただ、遠くから見つめることしか出来なかった。
だけど、彼女と接触する絶好のチャンスが巡ってきた。
席替えで、偶然亜香音ちゃんと隣同士になった。僕はうわべでは、かなり嫌そうにしていたけど、内心とても嬉しかった。
クラスメイト達に気付かれないよう、こっそりと僕は彼女と交流しようと手を尽くしてみた。他愛のない話をしたり読んでる本を取り上げてみたりした。
何をしても、彼女はまったく無反応だった。唯一、マフラーを取ってみようとしたら必死で抵抗されたくらいだった。
僕はそれでも諦められなかった。どうしても、彼女と仲良くしたかった。
ある日、僕は彼女にとても気になっていたことを質問した。
「亜香音ちゃんはどうしていつもマフラーを着けてるの?」
それまで僕のことなど見向きもしなかった彼女は、僕の目をしっかりと見つめ、笑顔で
「中学生になったら教えてあげるよ」
そう言った。
僕はなんだかドキドキしてしまい、彼女のことをしばらくまともに見られなかった。
亜香音ちゃんはその後、やっぱり世界に自分しかいないように振る舞っていた。
小学生の間、彼女と会話したのはその1回だけだった。
3年後、僕らは同じ市立中学へと進んだ。
中学生になっても彼女はいつも一人ぼっちだった。その首には変わらずマフラーが巻かれていた。
僕はサッカー部に入り、充実した毎日を送っていた。何人か僕に告白してきた子がいたけど、全部断った。僕の目には小学生の頃から彼女以外映っていなかった。
肝心の彼女は小学生の頃と変わらず無愛想だった。何を話しても、まったく反応してくれなかった。2年生のある日、小学生の時交わした唯一の会話を思い出して、もう一度彼女に聞いてみた。
「ねぇ、もう中学生になったし、なんでマフラーを着けているのか教えてよ」
彼女は読んでいた本から顔をあげ、小学生の時と同じ笑顔を見せた。
「もし、私と同じ高校に行けたら教えてあげるよ」
僕はそれを聞いて落胆した。亜香音ちゃんの成績は学年トップクラスだ。テスト後に貼り出される成績上位者の順位はいつも一位、どんなに悪くても五位以上だった。とても僕の成績では彼女と同じ高校など進学できるはずもない。
どこの高校に行くつもり? と尋ねると、小さな声で県で一番の進学校を挙げた。
僕はその日から熱心に勉強し始めた。勉強は大嫌いだったけれど、彼女と一緒にいる手段と思えば何でもなかった。
部活を引退した後、僕は必死に勉強してどうにか彼女と同じ高校に入った。
僕らが通っていた中学でその高校に入ったのは僕と亜香音ちゃんの2人だけだった。自然と僕らは行動を共にすることが多くなった。
例えば、行き帰りの電車だ。僕と彼女は毎日同じ電車に乗って登下校していた。僕は亜香音ちゃんを見かけるたび、彼女に話しかけた。そして、他愛もない会話をした。最初はずっと無視されていたけれど、少しずつ彼女も僕と話をしてくれるようになった。そのうち、彼女から僕に話しかけてくれたり、時には笑顔を見せてくれる日もあった。
2年生になる頃には僕らはすっかり周囲の人々に恋人同士だと思われていた。
僕はついに彼女に告白する決心をした。中学生の頃からずっと踏ん切りがつかなかったけれど、告白するなら今しかない。
まず、彼女を映画に誘った。告白には場所とタイミングが大事だ。最近流行っているラブストーリーを一緒に見に行こう、と誘った。
いいよ、と彼女はあっさり了承してくれた。
彼女とは高校に入ってからずっと一緒にいたけれど、2人っきりで遊びに行くのは初めてだ。
当日、待ち合わせ場所に30分も早く着いてしまった。遅刻を恐れるあまり、家を早く出すぎた。
「ごめん、待ったかな?」
時間ぴったり、亜香音ちゃんが現れた。彼女はふんわりとしたロングワンピースに赤いマフラーをしていた。これが森ガールというやつだろうか。まぁ、亜香音ちゃんならどんな格好でも似合うし、可愛い。
映画が始まる前に売店でポップコーンとジュースを買った。
「それにしても、君がこんな映画見るなんて、意外」
「じゃあ、僕にはどんな映画が相応しいの?」
「スプラッタ映画とか、もっと人を選びそうなのかな」
確かに、それは的を射ている。映画の好みだけじゃなく。
そうこうしている間に、スクリーンが開いた。僕はなるべく自然に、彼女の手を取って歩き出した。
もう終わりかけの映画だからか、スクリーンの中は貸切状態だった。僕らは真ん中辺りの席に並んで座った。意識すると、席と席の間はあまりにも近い。心音が伝わりそうだ。
映画のあらすじはよく覚えていない。彼女がすぐ隣にいることにドキドキして、気がついたらエンドロールだった。僕は焦った。でも、彼女の手を握って、目をしっかりと見つめながらこう言った。
「ずっと姫宮さんのことが好きなんだ。よかったら僕と付き合ってくれないかな?」
彼女はきょとんとしながら、あっさりと返事した。
「うん、いいよ。いつも一緒にいて楽しいし」
僕は天にも昇る思いだった。
「ありがとう、姫宮さん」
「亜香音、でいいよ」
僕らはその日から正真正銘恋人同士として、イチャイチャした。ある日、話のネタが尽きたからあの事を聞いてみた。
「僕達、もう恋人同士なんだしそのマフラーの事、教えてくれないかな?」
「私と同じ大学に行けたら教えてあげるよ」
彼女は笑顔で言った。
そんなことは最初から決めていたことだった。今度は亜香音も傍にいたし、高校受験の時よりは楽だった。
僕らは無事現役で同じ大学の同じ学部、同じ学科に進学した。
大学は電車から新幹線に乗り継いで行くほど遠い距離にあった。もちろん、下宿しなければならない。そこで、僕らは同棲することになった。これは僕ではなく、亜香音の提案だった。狭いアパートを借りて、そこで二人暮らした。そこで過ごした日々はとても充実していた。
そして僕らは卒業し、自然と同じ会社に就職した。それから三年後、僕らは結婚した。
亜香音は寿退社して専業主婦になった。毎日夕飯を作って、僕の帰りを待ってくれている。
彼女と初めて会ってから十年以上の月日が過ぎていた。僕は未だ彼女がマフラーを外したところを見たことがなかった。
「はじめまして、姫宮亜香音です。よろしくお願いします」
その転校生、亜香音ちゃんはとても可愛い子だった。黒いロングストレートヘア、ぱっちりした二重の瞳、小鳥のさえずりのような声、白くほっそりとした手足。僕は一目で心を奪われてしまった。亜香音ちゃんは何故かどんな時でも赤いマフラーを着けていた。ただの寒がりかと思っていたけれど、違った。彼女は暖房をかけすぎた暑い部屋の中でも頑なにマフラーを外さなかった。
クラスメイト達は最初の頃こそ変わり者の彼女に興味津々だった。休み時間の度に彼女を囲んで質問責めした。でも、彼女は驚くほど無愛想だった。誰が彼女に話しかけても何も応えなかった。世界には彼女一人しか存在しないようだった。そのうち、亜香音ちゃんはクラスの嫌われ者となった。
僕は彼女に近づくことすら出来なかった。他のクラスメイトと同じように拒絶されるのが怖かった。ただ、遠くから見つめることしか出来なかった。
だけど、彼女と接触する絶好のチャンスが巡ってきた。
席替えで、偶然亜香音ちゃんと隣同士になった。僕はうわべでは、かなり嫌そうにしていたけど、内心とても嬉しかった。
クラスメイト達に気付かれないよう、こっそりと僕は彼女と交流しようと手を尽くしてみた。他愛のない話をしたり読んでる本を取り上げてみたりした。
何をしても、彼女はまったく無反応だった。唯一、マフラーを取ってみようとしたら必死で抵抗されたくらいだった。
僕はそれでも諦められなかった。どうしても、彼女と仲良くしたかった。
ある日、僕は彼女にとても気になっていたことを質問した。
「亜香音ちゃんはどうしていつもマフラーを着けてるの?」
それまで僕のことなど見向きもしなかった彼女は、僕の目をしっかりと見つめ、笑顔で
「中学生になったら教えてあげるよ」
そう言った。
僕はなんだかドキドキしてしまい、彼女のことをしばらくまともに見られなかった。
亜香音ちゃんはその後、やっぱり世界に自分しかいないように振る舞っていた。
小学生の間、彼女と会話したのはその1回だけだった。
3年後、僕らは同じ市立中学へと進んだ。
中学生になっても彼女はいつも一人ぼっちだった。その首には変わらずマフラーが巻かれていた。
僕はサッカー部に入り、充実した毎日を送っていた。何人か僕に告白してきた子がいたけど、全部断った。僕の目には小学生の頃から彼女以外映っていなかった。
肝心の彼女は小学生の頃と変わらず無愛想だった。何を話しても、まったく反応してくれなかった。2年生のある日、小学生の時交わした唯一の会話を思い出して、もう一度彼女に聞いてみた。
「ねぇ、もう中学生になったし、なんでマフラーを着けているのか教えてよ」
彼女は読んでいた本から顔をあげ、小学生の時と同じ笑顔を見せた。
「もし、私と同じ高校に行けたら教えてあげるよ」
僕はそれを聞いて落胆した。亜香音ちゃんの成績は学年トップクラスだ。テスト後に貼り出される成績上位者の順位はいつも一位、どんなに悪くても五位以上だった。とても僕の成績では彼女と同じ高校など進学できるはずもない。
どこの高校に行くつもり? と尋ねると、小さな声で県で一番の進学校を挙げた。
僕はその日から熱心に勉強し始めた。勉強は大嫌いだったけれど、彼女と一緒にいる手段と思えば何でもなかった。
部活を引退した後、僕は必死に勉強してどうにか彼女と同じ高校に入った。
僕らが通っていた中学でその高校に入ったのは僕と亜香音ちゃんの2人だけだった。自然と僕らは行動を共にすることが多くなった。
例えば、行き帰りの電車だ。僕と彼女は毎日同じ電車に乗って登下校していた。僕は亜香音ちゃんを見かけるたび、彼女に話しかけた。そして、他愛もない会話をした。最初はずっと無視されていたけれど、少しずつ彼女も僕と話をしてくれるようになった。そのうち、彼女から僕に話しかけてくれたり、時には笑顔を見せてくれる日もあった。
2年生になる頃には僕らはすっかり周囲の人々に恋人同士だと思われていた。
僕はついに彼女に告白する決心をした。中学生の頃からずっと踏ん切りがつかなかったけれど、告白するなら今しかない。
まず、彼女を映画に誘った。告白には場所とタイミングが大事だ。最近流行っているラブストーリーを一緒に見に行こう、と誘った。
いいよ、と彼女はあっさり了承してくれた。
彼女とは高校に入ってからずっと一緒にいたけれど、2人っきりで遊びに行くのは初めてだ。
当日、待ち合わせ場所に30分も早く着いてしまった。遅刻を恐れるあまり、家を早く出すぎた。
「ごめん、待ったかな?」
時間ぴったり、亜香音ちゃんが現れた。彼女はふんわりとしたロングワンピースに赤いマフラーをしていた。これが森ガールというやつだろうか。まぁ、亜香音ちゃんならどんな格好でも似合うし、可愛い。
映画が始まる前に売店でポップコーンとジュースを買った。
「それにしても、君がこんな映画見るなんて、意外」
「じゃあ、僕にはどんな映画が相応しいの?」
「スプラッタ映画とか、もっと人を選びそうなのかな」
確かに、それは的を射ている。映画の好みだけじゃなく。
そうこうしている間に、スクリーンが開いた。僕はなるべく自然に、彼女の手を取って歩き出した。
もう終わりかけの映画だからか、スクリーンの中は貸切状態だった。僕らは真ん中辺りの席に並んで座った。意識すると、席と席の間はあまりにも近い。心音が伝わりそうだ。
映画のあらすじはよく覚えていない。彼女がすぐ隣にいることにドキドキして、気がついたらエンドロールだった。僕は焦った。でも、彼女の手を握って、目をしっかりと見つめながらこう言った。
「ずっと姫宮さんのことが好きなんだ。よかったら僕と付き合ってくれないかな?」
彼女はきょとんとしながら、あっさりと返事した。
「うん、いいよ。いつも一緒にいて楽しいし」
僕は天にも昇る思いだった。
「ありがとう、姫宮さん」
「亜香音、でいいよ」
僕らはその日から正真正銘恋人同士として、イチャイチャした。ある日、話のネタが尽きたからあの事を聞いてみた。
「僕達、もう恋人同士なんだしそのマフラーの事、教えてくれないかな?」
「私と同じ大学に行けたら教えてあげるよ」
彼女は笑顔で言った。
そんなことは最初から決めていたことだった。今度は亜香音も傍にいたし、高校受験の時よりは楽だった。
僕らは無事現役で同じ大学の同じ学部、同じ学科に進学した。
大学は電車から新幹線に乗り継いで行くほど遠い距離にあった。もちろん、下宿しなければならない。そこで、僕らは同棲することになった。これは僕ではなく、亜香音の提案だった。狭いアパートを借りて、そこで二人暮らした。そこで過ごした日々はとても充実していた。
そして僕らは卒業し、自然と同じ会社に就職した。それから三年後、僕らは結婚した。
亜香音は寿退社して専業主婦になった。毎日夕飯を作って、僕の帰りを待ってくれている。
彼女と初めて会ってから十年以上の月日が過ぎていた。僕は未だ彼女がマフラーを外したところを見たことがなかった。
作品名:都市伝説で10のお題 01.どうしていつもマフラーを 作家名:一宮愁花