セクエストゥラータ
●L'ultimo(聞いてくれますか?)
何度も終わりにしようと思った。
良く考えたらさ? 好きでも何でもなかった“一応彼氏”が、いいカッコしようとして無茶なことやったのが原因で、わたしには関係ないことじゃない?
良く見たらさ? 容姿もそこそこで、頭が良いわけじゃないし、サッカー以外にこれといった特徴なんかないじゃない?
だからあなたにサッカーを再開する気がないんだって分かったとき、終わりにしようと思った。
本当にね、そう思ったんだよ?
でもね、わたしには忘れられなかったんだ。
背中にキラキラと輝く翼を持ったサッカー少年の姿。
その輝きに、心を奪われたままだった。
もう一度その姿を見ることができたら、そのときこそ終わりにしようって。
一番近くで見ることができたなら、遠く離れてしまっても、テレビや新聞であなたの活躍を知ったとき、輝いてるあなたの姿を想像できるから。
あのコの気持ちには気付いてた。
あんなの、分からないほうがおかしいよ。
だからそのときは、あのコにこの場所“あなたのとなり”を返そうって。
何度も、何度も、そう思ったんだよ?
始まりは、あなたの翼が輝きを失ってしまったあの日。
もう一度あなたの翼が輝くところをどうしても見たかった、わたしのワガママ。
けれど私が近づくと、あなたの翼は消えてしまった。輝きだけでなく、翼そのものが消えてしまった。
わたしのワガママが、あなたの翼を奪ってしまった。
あなたは、自分が好きなサッカーよりも、自分を好きな人を選んでしまった。
自分が苦しむ姿を見せれば、その人を、その人たちを苦しめてしまうからって。
あなたは、それまで自分のほぼ全部を占めていたはずのサッカーを、自分の世界から追い出してしまった。
サッカーとは無縁の人生を送ることを選んでしまった。
周囲の人のために、怪我を理由に夢を諦めてしまった弱い自分を演じることを決めた。
それなら、誰もが一番簡単に受け入れられる。そんな理由だったら、誰だって受け入れるしかないって分かってて。
わたしはね?
いつの日か翼を取り戻したあなたが、もう一度あの輝きを見せてくれるんじゃないかって、その日が訪れるまで、わたしが翼の代わりになってあなたを支え続けるんだって。
本当に、本当にそう思っていたんだよ?
でもさ、わたしのお父さん、日本代表の監督をやっていたんだ。
わたしが隣にいたら、サッカーと無縁の生活なんかできるわけないじゃない。
お父さんとやっと会えたわたしだから、優しいあなたは許してしまう。
わたしがお父さんと触れ合うことを認めてしまう。
そうして自分を傷付けてしまう。
ううん。あなたはわたしがお父さんと触れ合っても触れ合わなくても、絶対に傷付く。
だから私は、あなたの前から消えようって。
今度こそ、終わりにしようって。
イタリアで、あなただけを蚊帳の外に置いて、それでも振り回して、振り回して振り回して。
そうして最後に、全部わたしのワガママだったのって言えば、愛想尽かしてくれるんじゃないかって、わたしを振ってくれるんじゃないかって。
わたしは、自分からあなたの隣を離れることができなくて。
いつのまにか、目の前のあなたに恋してた。
こんなわたしでも、幸せになってもいいの?
こんなわたしでも、あなたは幸せにしてくれるの?
わたしの左手に、指輪をはめるその前に……
わたしの告白、聞いてくれますか?
わたし、あなたが好きです。
― 了 ―
(次項・あとがき)