セクエストゥラータ
●序章 そして事件は起こった
―― ドクン
―― ドクン
息が苦しい。
どんなに息を吸っても、酸素が肺に送り込まれない。
ゆっくりとしか動かない身体は、まるで水中を歩いているかのよう。
でも、見える。
ボールの動きが。
仲間たちの動きが。
十人の仲間たちの想いが一つとなって、僕へと向かって飛んでくるボールへと流れ込んでいる。
時間は既にロスタイム。これが最後のチャンスになるだろう。
お互い無得点のまま試合が終わろうとしている。前後半合わせて八十分、それに延長前後半を合わせた百分間もの戦い。その決着をPK戦でつけるなんて誰も望んでいない。応援に来てくれたみんなだってそうだ。
自陣でボールを回すことをしない相手チームの選手たちも、点を取ることだけを、ゴールネットを揺らすことだけを目指して誰一人として足を止めていない。
だから、高校最後の選手権大会出場を賭けたこのワンプレーは、絶対に外すわけにはいかない。
ボールの落下点は四歩先。右後方から飛来する山なりのパス。何度も何度も二人で練習したボールだ。
世界から音と色とが消える。
僕は構わずに飛び上がる。
右肩に近い位置の胸でパスを受ける。
ボールは緩やかに跳ね、吸い込まれるように僕の足元へ向かう。
―― よし!
トラップは完璧。
左足で着地。何の問題も無い。
相手の裏を突くことに成功した僕は、完全にフリーだ。
僕とゴールーキーパーの間には、ただボールがあるだけだ。
僕は残った全精力を込めて、右足を振り抜いた。
―― いける!
ミシィ
ピーーー
ホイッスルが鳴る。
―― やった!
僕はフィールドに倒れ込んだ。
はぁはぁ。勝った。もう立てないや。足が無いみたいだ。よく最後まで動いてくれたよ。ありがとう、僕の両足。
あれ? 僕はボールを蹴ったっけ? ボールはどこに飛んでいったっけ?
チームのみんなが駆け寄ってくる。
ありがとう、やったよ、良いパスだったよ。
なんでそんな顔してるの? 僕たちは勝ったんだよ? なんで心配そうな顔してるの?
「祐、それ……」
「井上、お前、足が……」
僕は仲間の目線を追った。
その先にあった僕の左足は、見たこともない不思議な角度に曲がっていた。
「……ぅうわああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」