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三色もみじ

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英美


 坂道を少し登ると、赤い紅葉が目に入った。よく見ると緑や黄色も混じって見事な絵になっている。さらに進むとそれらは天に広がり、太陽の光を浴び、セロファンのように透けて輝いていた。英美は、ここ高幡不動尊に一人で来る事を逡巡し、朝になってえいっとばかり電車に乗って来たのだった。そして、ああ、来てよかったなあと思った。
 英美はずうっと頭に住んでいる彼、昭雄のことを思い出す。半年前この場所に二人で紫陽花を見に来たのだった。雨上がりの濃密に感じられる空気の中、狭い道なので彼の腕を掴んで歩いた。よそ見してい昭雄が紫陽花の枝に頭をぶつけ、滴が私の顔に降ってきて、「キャー」なんて騒いだっけ、と英美は思い出して顔がにやついている自分に気がつく。
 英美はふっと我に返りあたりを見渡した。元気そうな老人の女性が多い。数人のグループはずうっとしゃべり続けながら歩いている。この中では私はまだ若いほうだわと四十代独身の自分を納得させながら、紅葉と仏像を見ながら歩いた。
 携帯で紅葉の写真を撮った。昭雄に見せたくなって、メールを打ちかけ、昭雄が妻と一緒だとまずいだろうと思い直した。私が昭雄に送ったメールはことごとく見てすぐに削除しているようだ。そのおかげで一年以上も私とつき合っていけたのだろう。
 携帯を持ったままボーッとしていたせいだろうか、五十代と思える男性が興味深そうに自分を見ているのに気づいた。英美は、私は恋人を持っているのですというように入口の方を眺めた。若いカップルが寄り添って歩いているのが目に入る。英美は、昭雄が今何をしているのだろうかと思う。家族でどこかに行っているかもしれない。いや、子供はもう独立しているということだから、夫婦でショッピングかも知れないなと思った。昭雄には日曜のことは聞かないようにしている。
 英美はプライド高い女と人に言われている。そのせいで結婚できないとか、色々言うひとがいるのを知っている。英美は自分ぐらいのプライドの持ち方が普通であって、男に従順につかえるだけの女や、何でも占いや人の目を気にしたりの女はどうかと思っている。
 案内標識を見逃したのかも知れない、昔何かの建物の跡地に入って行くと、抱き合っている若い男女がいた。「おいおい、おめえら、こんなとこで何やってんじゃあ」と英美は心で乱暴な口をきく。引き返そうと思ったが、それもしゃくさわる気がした。「今日は独りでも、私だって抱きしめてくれる人はいるんじゃあ」と、心で言いながらカップルのそばを通った。通り過ぎたあとで「くくくくっ」と若い女の媚びたような笑い声が後ろから聞こえてきた。 英美は独りで歩いている自分が嗤われたような気がして、後ろを振り返った。
カップルが立ち上がって手をつないで歩き出すところだった。
「けっ」と言って英美は奥に向かった。
 さらに歩いて行くと、初老の女性が一人で歩いて来るのに出会った。目は景色を見ているのだろうが、感動している様子には見えない。そして一人で何か呟いている。英美は何か見てはいけないものを見てしまったような気がして、急いで通り過ぎた。自分の胸の中にあって、封印してあるものをこじ開けられたような気がする。英美も家の中でふと独り言を言っている自分に気づいていたのだ。彼と逢えなくなってしまったら、そう思うと、ここに来て感動した美しい景色、目の前の鮮やかな色彩がモノクロに見えてくる。あれが未来の私の姿だろうか。英美は急に自分が淋しい女に思われてきた。その感情を押し込んで、坂道を勢いをつけて登り出す。

作品名:三色もみじ 作家名:伊達梁川