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Remember me? ~children~ final

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Main view ~Yuko Hirai~

 冬場の放課後というのは、なぜだか物寂しい。
 暗くなるのが早い為、皆が早々に帰宅してしまうからだ。
 授業が終わって間もなく、教室の窓からは夕陽が差している。
 薄暗い教室の窓から見えるオレンジ色の空。
 私はそれをジッと見ていた。
 誰もいない教室で、ただ私一人だけで。

 授業が終わってすぐの事だ。
『ごめん。校庭で六年生とサッカーの試合する事になっちゃって。だから先に帰っててもいいから』
 麗太君は申し訳なさそうに、メモ帳の謝罪文を私に差し出す。
「いい、待ってる」
 私は彼の肩を軽く叩く。
「頑張ってね」
 そう言って笑顔で見送った。

 少し前まで、私は学校では麗太君と一緒に帰る事はあまりなかった。
 どうせ家で会える。
 だから、今まで通りマミちゃんと帰っていたのだが……。
 いつからだろうか。
 ああ、あれはたしか十一月の半ばくらい。
 マミちゃんの様子がおかしくなってからだ。


「マミちゃん。一緒に帰ろ!」
 その日の放課後も、いつもと同じ様にマミちゃんに話しかけた。
「ごめん。一人で帰って」
 私を見る彼女の目は、どこか虚ろで、何かに怯えている様だった。
 その頃からだ。
 マミちゃんの隣には、必ず光原君がいた。
 朝、学校に来るのを見掛けた時も。
 放課後の帰り道で見掛けた時も。
 麗太君に相談したところ「最近のあいつは付き合いが悪い。それになんだか近寄りがたい」との事だった。
 クラスの皆も、その二人に対しての態度が少し変わった。
 私の親友、マミちゃん。
 私やマミちゃんとは特別な接点もなかった筈の光原君。
 せめて言うなら、ただのクラスメイト。
 あの二人がどうして……。


 ここ最近、私はマミちゃんには話し掛けていない。
 ただ、怖かった。
 マミちゃんと光原君、二人の関係を知ってしまう事で、マミちゃんとの友人という関係をも壊してしまいそうで。


 試合はすぐに終わった様で、二十分程度で麗太君は戻ってきた。
 私と帰る為、クラスメイトの男子達とは校庭で分かれたそうだ。
「帰る?」
 聞くと、麗太君は頷いた。

 家々の間で僅かに顔を出している夕陽が、まだ眩しい。
 それでいて、学校帰りの路道はしきりに影で覆われていて薄暗かった。
 麗太君と二人だけの帰り道。
 最近ではこれが普通になっている。
 放課後、どうしても麗太君がサッカー等の試合に必要な時、私は彼を待った後で一緒に帰る。
 麗太君といるとホッとする。
 彼には最近のマミちゃんの様な恐ろしさはない。
 というのも、由美ちゃんや他の少数の女の子達の態度が、どこか重苦しいものに変わっていた。
 何かに怯える様な、そんな仕草をするのをよく見る。
 だからクラスの雰囲気も、夏場に比べるとかなり淀んで見えた。
 麗太君といる時だけ、かつての明るかった日々を思い起こす事が出来る。
 きっと、麗太君と一緒にいれば私は大丈夫。
「ねぇ、麗太君。こんな事がいつまで続くのかな……。なんだかクラスの雰囲気も前と比べて……暗くなってるし……。それに光原君だって……」
 麗太君も光原君の事で悩んでいたのだろう。
 彼は麗太君にとっての親友でもあるのだ。
 私にとってはマミちゃんと同じ事。
 やだ。
 また麗太君の前で弱音を吐いちゃった。
 こんなんじゃ、また悲しくなって……。
 何か楽しい事を考えなくちゃ。
 それでも何も浮かばない。
 楽しい事なんて、考えようとして思い付くものではない。
 だめ、涙が溢れてくる……最近、いつもこうだ。
 麗太君の前なのに。
 寒さで悴んだ手に、温度が伝わる。
「麗太君?」
 見ると、私の手は彼の手と繋がっている。
 温かくて、ホッとした。
 言葉なんて、交わせなくたっていい。
 ただ、ここに麗太君がいる。
 それだけで、今の私にとっては幸せだった。
 なんだか麗太君って、恋人っていうよりお兄ちゃんみたいだ。
 僅かな夕陽が私達の背中を照らし、目の前には手を繋ぐ私と彼の影が、長く真っ直ぐに伸びていた。

 家の中ではママに対して、マミちゃんや学校の事に関しては、なるべく触れない様に務めた。
 マミちゃんが最近、うちに来ないというのは、受験勉強で忙しいのだろうとか、常に何かしらの理由を用意した。
 でも博美先生の事だ。
 もしかしたらママに相談でもしているのかもしれない。


  =^_^=


「優子。あなたの名前は優子よ」
 綺麗な女の人。
 彼女は涙を浮かべて、私を抱きかかえていた。
「私と、あの人が以前に同じ夢を、優太に託した様に……。今度はあなたに託すわ。優しい子に育って……優子」
 緩やかに落下する彼女の涙が、私の頬を濡らす。
 やがて視界は閉じ、私は今まで見ていた光景が夢であったと気付く。


  =^_^=


 翌日の朝。
 いつもと同じ目覚ましの音。
 窓から差し込む、乾いた冬の朝陽。
 私と麗太君とママで囲む、いつもと同じ朝食。
 そして、いつもと同じ麗太君と歩く通学路。
 そう、いつもと同じなんだ。
 ただ……。
 優太。
 今朝の夢に出て来た女の人が囁いた名前。
 それがどうしても頭から離れない。
「優太……」
 不意に、その名を呟いていた。
 隣にいる麗太君は、ポカンとした顔で私を見ている。
「ごめん! なんでもないの! ちょっとボーっとしてたっていうか……その……」
 麗太君はメモ用紙を取り出し、サラサラとペンを走らせて私に渡す。
『余計な事を考えちゃダメ。悩みばかり詰め込んだらパンクする』
「あんまり考え過ぎるなって事?」
 私の問いに頷く。
 たしかに、たかが夢に出て来た知りもしない名前に悩むなんて、どうかしていたのかも。
 先程のメモ用紙に重ねて、もう一枚。
『僕は、悩みなんてない能天気で馬鹿な優子が好きだから』
 麗太君は笑っている。
 ああ、そうか。
 悩みなんて、気にしなければどうって事はないし、自分一人で悩んでいても何も解決はしないんだ。
 かつての私は、悩みというか今の現状……何かモヤモヤした妙な感覚を持っていなかった。
 つまりは能天気で……馬鹿だった。
「ちょっと麗太君! 馬鹿は言い過ぎなんじゃないの?!」
 麗太君は「それ逃げろ!」とでも言わんばかりの勢いで楽しそうに駆ける。
 私もそれを追い掛ける。
 楽しい。
 変な事ばかりを考えずに、楽しい事だけを考えて麗太君と一緒にいる。
 それだけの事が、こんなにも楽しかったなんて。
 用は気の持ち様というやつで、つまり私は馬鹿な方が性に合ってるって事だ。

 通学路の半分を走った頃には、既に息が切れていた。
「麗太君って足、速いんだね」
 まあ、伊達にサッカーをしているって訳ではないし、第一に麗太君は男の子なんだ。
 思いっ切り走ったせいか、なんだか気分が良い。
「せっかくだし……学校、サボってみよっか?」
 冗談半分で麗太君に聞いてみた。
 まあ、どっちかっていうとサボりたいんだけど。
 こんなに気分が良いんだし、なんだか学校へ行くのが勿体ない気もするし、何よりも麗太君との二人きりでいる時間が、もっと欲しい。
作品名:Remember me? ~children~ final 作家名:レイ