Remember me? ~children~ 5
それを見た瞬間、何かが込み上げた。
麗太と一緒にいるからだろうか。
より一層、こいつが憎たらしい。
「あの、綾瀬君……。マミちゃん知らない?
今日は一緒に帰って、寄り道しようって、約束……してたんだけど……。どこにもいなくて……それで、皆に聞いてるんだけど……」
マミがいない。
その言葉が、不安となって頭を過ぎる。
辺りを見回すと、教室にはまだクラスメイトは残っているが、マミは勿論、由美を含めたあの連中がいなくなっている。
まさか‼
他のクラスメイトに聞いて回り、一人で学校中を探し回った。
「さっき、学校の裏の方に歩いて行ったのを見たけど」
学校の裏門を出て、住宅街や商店街とは反対方向。
ここら一帯は、工事現場や水路が多く、人気が少ない。
そんな辺鄙な所に何の用があるというのか。
もし俺達の様な小学生が行く所としたら……あの廃れた公園くらいだが……。
学校の裏門を出て、今は放置されている工事現場や用水路を渡り、公園に辿り着いた。
もう冬も近いからか、辺りは既に薄暗くなっている。
公園の敷地に植えられた数本の枯木の形、そこから織り成される影が、人気のないここら一帯の薄気味悪さを強調している。
やっぱり誰もいない。
じゃあ、マミはどこへ……。
「ごめんね……」
小さな声が聞こえてくる。
「ごめんね……」
気のせいかと思ったが一度、聞き取ってしまうと頭から離れない。
「ごめんね……ごめんね……」
泣きながら謝っている様だ。
誰に?
「ごめんね……」
声は確かに聞こえてくる。
「ごめんね……」
聞こえてくる方向へと、俺は歩き出した。
「ごめんね……」
歩く度に、声は大きくなる。
土管型の大きな遊具。
この中から聞こえてくる。
遊具の右側へ周り、中を除いた。
そこには信じられない様な光景が広がっていた。
今まで生きて来て、これ程までに無残な光景を見た事があっただろうか。
声の主は地面に頭を埋めて、ただ泣きながら謝り続ける由美。
謝っていた相手は、すぐ側で横たわっているマミだった。
ズボンとパンツを脱がされ、下半身の二つに割れた軟肌の間には、二つに割って食べるブドウ味のアイスの片方が刺さっている。
紫色の溶けかけたアイスの液体と、赤く滲んだ血が混ざり、軟肌を伝って垂れていた。
マミは宙を向き放心している。
「マミ!」
彼女の名を呼び掛け寄る。
何が起こっているのか分からない。
この光景が衝撃的過ぎて、うまく頭が回らない。
彼女の二つに割れた軟肌に刺さっているアイスを抜かなければ。
そうだ、抜くんだ。
マミの前で屈み、アイスをゆっくりと抜く。
アイスを放り出し、マミを揺する。
「おい、マミ!」
マミはやがて俺の存在に気付く。
「綾瀬……どうして……」
彼女の声は小さく微かなものだった。
「マミを探してたんだよ! 他のクラスのやつに聞いたら、ここの辺りに歩いて行ったって言うから!」
隣で謝り続ける由美と一緒に……。
という事は、マミを虐めていた連中もいた筈だ。
「あいつらに犯られたんだろ?! そうなんだろ?!」
あの連中……絶対に許さない……。
マミをこんなにまでして、ただじゃ済ませない!
マミの口がゆっくりと動く。
「……私、幸せになりたくて……日曜日に、綾瀬と教会に行って……私……綾瀬に喜んでもらいたくて……。それなのに、どうして?」
マミの口からこんな言葉が出るなんて……信じられない。
こんなに……追い詰められて……。
やはり、マミも気付いていたのだろうか。
「ねえ、綾瀬。神様って……」
「?」
「神様って……いると思う」
いる筈なんてない。
いるのなら、俺達はもっと報われた人生を送れていた。
神様なんていない。
俺達がこんな目に合ったのも全部、幸福な奴がいるから。
幸福な奴が、そんな日常に飽きて、俺やマミの様な奴にちょっかいを出す。
だからマミは連中に虐められた。
平井だって……どうせ外面だけを気にして、能天気を気取っているに違いない。
そうやって友達の振りをして、マミを騙し続けていたんだ。
「いない。神様なんて……いない」
マミの表情が一変する。
それは何もかもを失ったかの様な……いや、失ったんじゃない。
解放されたんだ。
もう神様なんて信じない。
もう教会へ行く必要もない。
マミには、俺がいる。
幸福な事に飽きた意地汚い連中からマミを守るんだ。
「マミは……俺が守るから……」
マミを強く抱き締める。
普段の強気な口調や態度とは相まって、彼女の体は俺を受け入れていた。
「大丈夫? 立てる?」
マミにパンツとジーンズを履かせ、手を取って土管の外に立ち上がらせた。
どうにか動ける様だ。
「由美……」
マミは彼女の名を呼び、手を差し伸べる。
彼女は埋めていた土塗れの顔をマミに向ける。
こいつが……マミを……あいつらと一緒に……。
こいつも同罪だ。
マミを押し退け、俺は土管の中で半身を起していた彼女を押し倒し、馬乗りになって胸倉を掴んだ。
「お前が……お前がマミを‼」
握り拳を作り、彼女の頬を殴る。
彼女から生気は感じられない。
虚ろな目をして、ただ殴られながら俺を見ている。
「お前がマミを売ったんだろ?!」
後ろからマミが俺に抱き付き叫ぶ。
「やめて! 由美も被害者だから! 由美も虐められてたの‼」
彼女を殴る手を止め、土管から出た。
「綾瀬も由美も、とりあえず今日は帰ろう! ねぇ!」
由美の頬は赤く腫れている。
罪悪感はない。
マミをこんな目に遭わせたのは、こいつも同じなんだから。
帰り道で、マミから放課後にあった事を聞いた。
連中に騙された事や、由美も虐められていた事も全部。
マミのされた事は犯罪だ。
親や先生に言う事を勧めたところ「マミは絶対に誰にも言わないで」と俺に懇願した。
世間からの目を気にしているのだろうか。
おそらく今日の事が世間にバレれば、担任へ責任が問われたり、生徒の転校沙汰にもなりかねない。
マミはそれを恐れているのだ。
そんな彼女の願いなら従うしかない。
これからは連中から目を離さず、マミの事だけを何よりも優先しよう。
クラスメイトに怪しまれても構わない。
今までの様に、極力マミとは学校で話さないなんてルールはお終いだ。
絶対に、マミに辛い思いはさせない。
=^_^=
マミを家に送り届けた後、一度家に帰り、懐中電灯と残りの花火を持って、河川敷沿いの土手へ走った。
懐中電灯の明かりで、草むらに隠してあったマルの入っている袋を探す。
見つけた袋にはハエがたかっている。
元々、汚らしいのは承知の上だ。
袋を開け、衰弱しきったマルを袋から草むらに転がす。
僅かに一回の呼吸と共に体は動いているが、もう死にかけだろう。
目玉は飛び出し、口からはドロドロと黄色い液体が垂れている。
「今日で終わりにしてやるよ」
これは俺達をコケにした幸福な奴らへの仕返し。
それの足がかりだ。
作品名:Remember me? ~children~ 5 作家名:レイ